重たい瞼を持ち上げると、そこには無機質な白い天井が広がっていた。首元を触ってみると、分厚い包帯が巻かれている。状況を理解したくて、璃仁は目をきょろきょろと左右に動かす。瞬時にここが病院だということが分かったのだが、それよりも璃仁の隣に腰掛けて項垂れている彼女の姿を見て心臓が飛び出そうなほど驚いた。

「先輩……?」

 蚊の鳴くような呟きに、紫陽花がはっと顔を上げる。絶望に打ちひしがれたように暗く、眉根を寄せてこちらを見つめていた。
 璃仁は学校の家庭科室で紫陽花と対峙していたことを思い出す。紫陽花が包丁で自分を傷つけようとした時に、璃仁が抑えにいった。そうだ、あの時揉み合いになって自分は怪我を——。

「璃仁くん……大丈夫……?」

 紫陽花のすがるような声が、璃仁の頭の中で反響する。あれだけ追いかけた紫陽花が今これほど至近距離にいて、自分の容態を心配してくれているということが信じられず、不謹慎だが心臓がドクンと鳴った。

「大丈夫、みたいです」

「良かった……」

 そこにいたのは、家庭科室で周囲の人からの嫌がらせに絶望し自分を傷つけようとしていた紫陽花とは別人だった。身を縮こませて小さくなり、か弱げな姿で璃仁の安否を伺う彼女。よく見ると肩が震えている。大丈夫ですか、と彼女の肩に触れようとすると、より一層大きく激しく肩を震わせて、彼女の瞳から大粒の涙が溢れてきた。

「……わたし、あなたを傷つけるつもりはなかったのっ。こんなふうに血がたくさん出て倒れてしまうなんて……。私は最低な女だね。ごめんなさい。本当にごめん」

 自分の一方的な行為で他者を傷つけてしまったことに慟哭する声が狭い病室の中で反響する。

「先輩のせいじゃないです」

 あの時、璃仁が紫陽花のことを止めようとしたのは璃仁の自己満足だった。紫陽花に傷ついてほしくないという一心で闘った。だから、たとえ自分が怪我を負うおとも、紫陽花が無事ならそれで良かったのだ。幸い傷は命に関わるほどのものではなかったようだし、結果論にはなるが、あの時紫陽花を止めに入って正解だった。

 しかし璃仁の想いとは裏腹に、紫陽花は悲痛なまなざしで璃仁を見つめている。その目に浮かんでいる恐怖と絶望と申し訳ないという気持ちが痛いほど伝わってきて、胸が疼いた。紫陽花にとっては璃仁が怪我をしたことが衝撃的だったのだろう。もし逆の立場だったら、璃仁も同じように凹んでいたに違いない。