梅雨空は今日も、不機嫌な子供のように泣いている。あれから2週間、連日続く雨予報は璃仁の心に暗い陰を落とし続けている。それでも母に励まされたのをきっかけに、目の前に覆いかぶさる暗雲をなぎ払うかのように、愛しい人の元に歩み寄ろうとしていた。
昼休みに図書館に通うのは言うまでもなく、登下校の際には紫陽花と思われる人物を目で追いかけた。SNSは変わらずチェックし続けているが、やはり新しい投稿はされていない。新学期の桜の投稿が最後だ。彼女のファンたちも、「SHIO」の投稿が滞っていることを心配しているらしく、桜の投稿のコメント欄に「最近どうですか」「新しい投稿待ってます」と彼女を待ちわびる声を寄せていた。
「紫陽花先輩」
帰りのHRが終わると同時に学校を飛び出した璃仁は早足で東雲駅へと急ぐ。今日はHRで担任の岡田がクラスメイト全体に最近の生活態度について指導をしたので遅くなってしまった。岡田が指導したかったのはおそらく海藤とその取り巻きたちのことだと予想はついたが、残念ながら彼らは終始先生から見えないように、鞄で手元を隠してゲームをしていた。海藤たちよりも後ろの席に座っている連中には筒抜けだっただろう。だが、学校というのは理不尽なルールで満ちている。指導を受けなくても良い生徒ほど先生の話を熱心に聞き、大切な時間を奪われるのだ。
璃仁もその一人だった。自慢ではないが、小学校に上がってからこれまで先生に怒られたことは一度もない。常に目立たぬように、人目を気にして生きてきた結果だろう。いいのか悪いのか分からないが、少なくとも他人に迷惑をかけるような人間に比べたらよほど真っ当な人間だと思う。
「はあ、はあ」
2週間前から紫陽花の姿を探し続けていた。いったいあと何回、こんなことを続ければいいのだろうか。傘もささずに息を切らしていたので、雨粒が頭や肩に降りかかる。決して痛くはないはずなのに、雨が当たる度に「いたい」と感じた。
「紫陽花先輩!」
追いかけ続けた璃仁の想いが通じたのか、今まさに改札を潜り抜け、電車のホームへと続く階段まで歩く紫陽花の後ろ姿を視界が捉えた。
璃仁の声に気づいた紫陽花がはっと後ろを振り返る。目があった。大きな瞳が不安げに揺れ、その刹那彼女は階段を駆け上がった。
「待ってください!」
璃仁はすかさず彼女を追いかける。帰宅ラッシュの駅には璃仁と同じ東雲高校の生徒とサラリーマンが流れるようにホームへと進んでいる。何人もの人の肩を追い越して制服のスカートをはためかせる紫陽花の元へと急ぐ。電車はまだ来ていない。電光掲示板を見ると5分後に発車するようだ。セーフ、と安堵して、ホームに立ちすくむ紫陽花の元にたどり着いた。
「紫陽花先輩、どうしてですか? どうして俺を避けるんですか? 俺、何か先輩を傷つけるようなことをしましたか? だったら謝ります。すみませんでした。でも、言ってくれないと分かんないんです。俺、馬鹿だから」
紫陽花が逃げないように、そっと彼女の腕を掴んでいた。振り解かれるかと思ったが、意外にも紫陽花は璃仁から逃げようとはしない。ただ自分に向けられたまなざしを受け止めるように、そこに立っていた。