嫌われても避けられても、全力で。
 そうだ。それしかない。嫌われて意気消沈してしまうようであれば、自分はそこまで先輩のことを想えていないということだ。自分の気持ちを試す意味でも、紫陽花先輩と真正面からぶつかってみたい。今日紫陽花と話した際、どこまでいっても交わらない平行線の会話が悔しかった。ねじれの位置にいるかのようで、この先ずっと紫陽花と自分の人生が交差しないんじゃないかって不安だった。
 でも、不安で嘆いてばかりいたって仕方がない。ねじれの位置から脱出するには、自ら紫陽花の心に近づこうとしなければいけない。母が教えてれたのはそういうことではないか。

「なんか、ちょっとすっきりした」

「本当? 悩んでることは誰かに話すに限るって」

 母が璃仁の背中をポンと優しく叩く。心地の良いエールだ。思えば母はいつだって、璃仁が自分でやろうとしていることを陰から見守り、応援してくれた。毎日仕事で忙しくて、自分のことなんか見てくれてないんじゃないかって疑うこともあったけれど、母は正真正銘、璃仁の味方だった。

「とりあえず納得するまで頑張ってみる」

「そうね。話はそれからよ」

「ありがとう」

 母に対し、こんなに素直になれたのはいつぶりだろう。母は「いつも笑顔でいなさい」という自分の教えのせいで璃仁が学校で辛い思いをしていることを知らない。璃仁が人前で笑えなくなったことも。母のせいでない、と言い切るのは難しい。母があんなことを言わなければ、璃仁は小学校の教室で失態を犯すこともなく、今だって海藤みたいな高圧的な男に馬鹿にされることもなかっただろう。

 でも、母が今の璃仁をつくってくれたのも事実だ。素直にありがとうと言えたのは、母が日々璃仁と家族のためにあくせく働いてくれているという苦労を知っているからだ。

 まったく、親子ってなんでこんなに面倒なんだろう。面倒くさくて遠回りで、それなのに一番理解してくれて。自分の母親が、この人で良かったと思う。

 ふと桃の香りの漂う街で、母親との思い出を語っていた紫陽花を思い出す。紫陽花にとって大切な記憶で埋め尽くされたあの場所に璃仁を連れて行ってくれたのは、やっぱり璃仁が特別な存在だからではないのか。そんな紫陽花の想いを信じよう。
 母と話しただけでここまで勇気が湧いてきた自分に驚きつつ、璃仁は課題をやるために2階の部屋へと上がっていった。