水平線に夕日が沈むのを紫陽花と眺めてから、元来た道を戻り桃畑駅までたどり着いた。辺りは薄暗くなっており、田舎でよく聞く虫の声なんかが木霊して耳に心地よい。

「田辺くん」

「何ですか?」

「さっきはありがとう」

 紫陽花は途中まで璃仁と同じ電車に乗り、別の電車に乗り換えるはずだ。具体的に自宅の最寄駅を聞いたことはないが、東雲駅から璃仁の家とは反対方向の電車に乗っていた。そう考えると、途中で進路が変わるのは明白だった。

「いいえ」

 紫陽花を励ますつもりでかけた言葉が、少しでも彼女に届いていたんだろうか。そうだったらいい。少なくとも、お礼を言われたことで璃仁の胸に小さな灯火がともった。
 二人で電車に乗ると、紫陽花はめっきり話さなくなった。感傷にでも浸っているんだろうか。こんなやつとはもうデートしたくないなんて考えてたら嫌だな。何でも悪い方向に考えてしまうのは璃仁の癖だった。

「じゃあ、私乗り換えだから」

 予想通り、紫陽花は途中で席を立ち出入り口の扉のところへと歩いた。璃仁はこのまま同じ電車に乗っていれば家に着く。名残惜しい気持ちで紫陽花の背中を眺める。女の子にしては背の高い紫陽花を、椅子に座ったままの璃仁が見上げるようなかたちになる。届きそうで届かない背中が、電車の停車と共に揺れた。

「また学校で」

 璃仁がそう声をかけたものの、紫陽花は振り返らなかった。他にも乗り換え客が出入りしていたので、ざわざわという音にかき消されて聞こえなかったのかもしれない。
 駅のホームの階段を登っていく紫陽花の背中を、穴が開くほど一生懸命見つめていた。