頬を伝う汗が、潮を孕む風を受けてたらたらと顎の下へと流れていく。思ったよりも大冒険だった。しかし頑張って歩いた価値はある。璃仁の目の前に、壮大な景色が広がっていた。
紫陽花の言う公園は、レストランから南の方角に歩くことおよそ20分で到着した。くねくねと曲がりながら進んだので、途中まで本当にたどり着くのか不安だった。上り坂が続き、璃仁は肩で息をしながら歩いているのに、紫陽花は涼しげな顔をして進んでいく。小高い丘のようなところに辿り着き最後の角を曲がると、一気に景色が開け、小さな公園が現れた。公園の端の方へ行くと、その眼下に海が広がっていて、「おお」と声が漏れた。
そうか、この地域は思ったよりも標高が高く町全体がちょっとした山のようになっていたんだ。海、と聞いて陸続きに水平に広がる海を想像していたが違った。山から海を見下ろすようなかたちでいま、吹き抜ける風に汗を飛ばしている。
「どう? すごいでしょう」
「はい。こんな場所があったんですね」
この丘の公園からは、町全体を見渡すことができた。所々に固まって生えている桃の木や先ほど休憩したレストラン、桃ジュースを買った売店が見える。人通りが少ない町なので、人が歩いているのを見ると得した気分になれた。
公園には遊具などは何もなく、ベンチが三つ等間隔に並んでいるだけだ。どの椅子も海の方を向いて座るようになっている。璃
仁たちは迷わず一つのベンチに腰掛けた。
「ここに来るとすごく気持ちが落ち着くの。でも最近は全然来てなかった。はあー気持ちいな〜」
大きな伸びをして欠伸する紫陽花。今日一日を通して同心にかえったのか、先ほどからずっと素直な表情を見せてくれる。璃仁にとってはもちろん嬉しかった。
「確かに気持ちいいですね。景色もいいですし」
「でしょ。お気に入りなんだ」
「お母さんと何回も来てたんですよね。何か理由でもあるんですか?」
「ううん、理由なんてない。単にお母さんのお気に入りだっただけ」
紫陽花は小さく首を振り、何かを考え込むようにして眼下に広がる海を眺めた。璃仁も彼女にならい、余計な口は挟まずに景色に神経を集中させる。学校での嫌な出来事や貧乏な家のことがすべてどうでも良いことのように思えてくるから不思議だ。紫陽花も同じなのか、突然ふふ、と笑い出しスマホで目の前の風景を収めていた。
「その写真は投稿用ですか?」
「だからアップしないって」
「どうしてです? せかっくならアップすればいいのに」
「だってこれは、感傷に浸る用の写真だもん」
「はあ」
紫陽花にとって、この場所がよほど思い出に残る場所なのだということが分かった。たぶん、誰にも教えたくないのだろう。自分の胸にだけしまっておきたい秘密の場所。璃仁にもそういう感覚は分かる。でも、それならばどうして自分には教えてくれるのだろうかと疑問にも思った。もしかして、紫陽花は璃仁のことを特別扱いしてくれている、とか。また都合の良い妄想が膨らむから、余計なことは考えないようにと空を仰いだ。