それから璃仁たちは途中売店で桃のジュースを買い、その辺の道に座りこんで喉を潤わせた。甘く冷たい水分に全身の汗が引いていく。5月とはいえ夏日に近い気温だったので、少し歩くだけでも汗が垂れていた。紫陽花がおっさんみたいに「ぷはっ」という声を上げる。
「ここの桃ジュース、いつ飲んでもおいしい」
「よく飲むんですか?」
「ええ。桃畑に来た時には毎回飲んでた」
「へえ」
どうやら紫陽花は思っていたより、この地域に詳しい様子だ。それほど何回も母親と一緒に遊びに来たんだろうか。何もない田舎町なのに? と、それはさすがに言い過ぎか。
桃ジュースを飲んで少し休憩したあとは、近くにあったファミレスで昼ごはんを食べることになった。初めてのデートだというのにどこにでもあるファミレスでご飯を食べるのは少し残念だった。でも、紫陽花が楽しそうにハンバーグとエビフライの乗ったお皿にお箸を運ぶ姿を見て、場所なんてどうでもいいんだと思えてきた。
「あーおなかいっぱい」
「食べ過ぎなんですよ。定食以外にサイドメニューでフライドポテト、デザートにアイスまで頼んだんですから」
「だって、めちゃくちゃお腹空いてたんだもの」
「はあ」
子供みたいな言い訳をする紫陽花が可愛らしく、本当に璃仁より先輩なのか疑わしくなってきた。
「それより、これからどうしますか?」
璃仁は昼ごはんを食べてその後のデートが手持ち無沙汰になってしまわないかと危惧していた。
「散歩」
最初と同じように何の気なしに紫陽花が答える。
「はあ。どこか、具体的に行きたい店とか行きたい場所とかないんですか?」
さすがに何の目的もなしにただ歩き続けるのでは、デート初心者の璃仁には厳しすぎる。
「うーん。そうだなあ……あ、あった!」
「どこでしょう」
「この先をずっと南に進んでいくと海が見える公園があるの。そこ。私、小さい頃何回もその公園に行って夕日が落ちるのを眺めてた」
水平線に沈んでいく橙色の光の塊を想像する。光が水面に反射して波に揺れる。その光景を想像するだけで、ロマンチックな気分に浸れそうになってきた。璃仁は「それだ!」と心の中でガッツポーズをとり、紫陽花の目をまっすぐに見つめる。
「その公園に行きましょう」
「うん!」
屈託のない笑顔を浮かべ、嬉しそうに頷く紫陽花。ああ、なんて可愛いんだろう。彼女のクラスメイトたちは、いやあの学校の生徒たちは皆、SNSで光を浴びる彼女の、こんなにも愛しい笑顔を知らないのではないか。自分だけが紫陽花の特別な笑顔を引き出すことができている。そう錯覚してしまいそうなほど、この時の紫陽花の笑顔を眩しくて、大切に守っていきたくて、ふと壊れてしまわないか心配になった。