4月が終わり、GWに入ると勉強から解放された璃仁は四六時中紫陽花のことが頭から離れなかった。母親も父親も、本業は休みだというのに、単発のアルバイトに出かけている。おかげで家族の予定は何もない。もっとも、今年限りの話ではない。昔からそうだった。うちには長期休みにバカンスを楽しむお金なんかない。だから、退屈な休日には慣れっこだ。
しかし今回ばかりは、璃仁の頭の大部分を占める彼女と、学校という繋がりがなくなってしまうのが悲しかった。たったの五日間の話だが、家に引きこもっていると、自分は紫陽花とはまったく別世界の人間だと感じてしまう。世界線が違う。たとえ外を出歩いても、決して交わることはない。そんな錯覚に陥った。
せっかくの長期休みだし、一日くらい紫陽花に会えないだろうか。
交わらない線をどうにか交差させようとして、GWの初日に璃仁は紫陽花に連絡を入れた。連絡は前回、古文の授業について送ったときのまま、しかし既読マークだけはついた状態で止まっていた。ぱっと見追撃しているようにも見受けられるが、あれから数日が経っているのだし大丈夫だろう。ということで、深く考えもせず欲望に任せてメッセージを送信する。
16:05『休み中、少しでいいので会えないですか』
送ってから、これはもしかしてデートに誘っているんだろうか、と気づく。
ああ、まさか自分が自覚もなく年上の女の子をデートに誘うなんて!
しかも、相手は超絶美人のインフルエンサー。彼女のファンに見つかったら殴り倒されるだけじゃ済まないかもしれない。
でも、とこれまでの紫陽花とのやりとりを思い出す。
紫陽花は、璃仁のことを決して邪険に扱うことはなかった。
特別扱いしてくれていたか、と問われれば微妙だが、それでもこの間の海藤のように避けられているというほどではない。現に、こうして連絡先を教えてくれたわけだし。
璃仁はそれから、読書をして暇を潰した。最近ハマっているライトノベルは主人公のおっさんが転生して人生をやり直しまくっている。現実では絶対にできない転生という技を、皆が空想世界で求めてやまないのだ。
1時間、2時間、といくらでも読書に没頭することはできるのだが、いかんせん彼女からの返事が気になる。10分おきに返信を確認していたのだが、なかなか返事は来ない。この長期休みに、もしかしたら旅行にでも出かけているのかもしれない。
諦めて昼寝をして、起きたら夕食の時間だった。スマホを見ると、紫陽花からメッセージあり、の通知がきているではないか。慌てて飛び起きて内容を確認する。
19:24『遅くなってゴメン。んー最終日なら空いてるけど、それでもいい?』
紫陽花の返事を一文字ずつ目で追ったあと、璃仁は目を見開いた。
まさか、誘いに乗ってくれるとは思わなかったのだ。いや、もちろん誘ったのだから来て欲しいという願いがあったのだが、一縷の望みという程度だった。それが、こんなにもあっさりと了承してくれるなんて。
文面を見る限り、手放しで乗ってくれているわけではなさそうだが、璃仁にとっては大躍進だ。
19:30『もちろんです。場所はどこにしましょう?』
それからはもう、紫陽花とどこで会うのか、待ち合わせは何時ごろにするのか、というデートの予定を決めるのに必死だった。とっくに腹の虫が鳴っていたけれど、ご飯を食べることすら忘れていた。璃仁の人生でいま、一番優先されていることが紫陽花なのだということに自分でも驚いていた。
一通り約束をしたあと、璃仁は窓の外の、食卓の明かりがついた住宅を見つめる。どの家も璃仁の家とは違い、連休の夕食時に家族団欒をしているのだと予想がつく。羨ましい、とは思わない。昔は感じていたけれど、もう家族との温かい時間を喜ぶ歳でもなくなってしまった。その代わりに見つけた小さな光を、璃仁は掴もうと必死になっていた。