それからというもの、璃仁は時々紫陽花にメッセージを送ることになった。内容はその日の体育の授業で膝を擦りむいた話とか、父親のお下がりの服がぶかぶかすぎて、確かに最近ビール腹になってきたとか、他愛もないことばかりだった。紫陽花はその一つ一つに突っ込んだり疑問を抱いたり、きちんと考えて返事をしてくれた。一日に何度も送っては迷惑だろうということで、一日に一、二通送ることもあれば全く送らない日もあった。基本的に紫陽花からの返信は一時間以内には届いていたし、本人が自覚しているよりはだいぶマメな方だ。
返信があるということは、紫陽花もそれなりに璃仁に興味を抱いているのかもしれない——なんて、また自分本意な妄想が頭の中を支配する。教室では依然として海藤からの嫌がらせにうんざりしていたけれど、紫陽花と連絡を取り合うことができるだけで、彼の嫌がらせも表面上は受け流すことができていた。
だが、一つだけ気になることがあった。
確かに紫陽花は返信をよくしてくれているのだが、自分のことをほとんど話さないのだ。
それは、璃仁が自分の話をしているせいかもしれないし、単に自分について話す必要がないと判断しているだけかもしれない。どちらにせよ、もっと紫陽花のことを知りたいと思っている璃仁にとっては少し寂しかった。
連絡を取り合う以外、待ち合わせをして会おうという話にはならなかった。あまり誘うとうざいと思われはしないかと怖かったからだ。璃仁は対人関係についてはかなり臆病な方で、気になる人の連絡先をゲットしただけでも大きな進歩といった方がいい。
もうすぐ4月が終わる。この一ヶ月は璃仁にとっては変化の多い日々だった。授業中、窓の方に意識をやると、どこかのクラスが体育の授業をしているのが分かった。校庭でピピーと笛を鳴らす音が幾度となく響いてくる。フットサルでもやっているのかもしれない。もしかしたら紫陽花のクラスかも。そうだとすれば、窓際の席のやつらが羨ましい。
4限目、退屈な古文の授業が終わると、璃仁は現実の世界へと呼び起こされるような気持ちで教科書類を片付ける。本当は授業中こそ現実を見なければならないのだろうけれど、今の璃仁にとっては紫陽花とやりとりをしている時が現実で、それ以外の時間は夢みたいなものだ。
昼休みになるとお弁当を食べながらまたいつものように紫陽花とのトーク画面を開く。「古文の授業、めちゃくちゃ眠くないですか?」と送りしばらく様子を見てみたが、返信どころか既読すらつかないので諦めて本を読むことにした。先日水没した『海辺のカフカ』は丁重に供養して(捨てて)、今は最近流行のライトノベルを読んでいる。ライトな小説から本格ミステリ、純文学まで璃仁の趣味は幅広かった。
読書をする璃仁の姿を、海藤と取り巻きたちがチラチラ窺っているのを感じたが、構わずに読み続けた。その日、結局海藤たちは璃仁に難癖をつけてこなかった。最近少しだけ、海藤の攻撃が止んでいる。何か私生活の方で悩み事でもあるのかもしれない。それならば一生悩み事を抱えていてほしい——とろくでもないことを思う。
その日の晩、紫陽花から返信は来なかった。疲れて寝ているのかもしれない。こちらから話しかけて、紫陽花から返事がないのは始めてだった。連絡先を手に入れた日も返信がないことがあったが、あれは会話が終わっているとも取れたので、ノーカウントだ。あまり深刻に考えるのはよくないと思ったものの、どうしたんだろうと一晩中気になって眠れなかった。