あれから璃仁と紫陽花は一つの傘で一緒に東雲駅まで歩いた。

「俺、濡れて帰るんでいいです。紫陽花先輩の傘でしょう。肩、濡れてますよ」

「いいよこれくらい。すぐ乾くって」

 紫陽花は満更でもないというふうに手を振った。璃仁は紫陽花の肩に触れるごとに心臓の音が聞こえはしないかと不安に駆られる。そんなことは絶対にないのだろうけれど、璃仁は思春期真っ只中だ。美人の先輩と相合い傘をしているという現実にもう耐えられなかった。

「そういえば先輩」

「なに?」

「今スマホ持ってますよね」

「ああ、持ってるけど」

「連絡先、聞いてもいいですか?」

 今回は以前よりも冷静にお願いをすることができた。紫陽花は少し黙ったあとでポケットからスマホを取り出した。

「いいんだけどね。私、返信遅いよ?」

「大丈夫です。別に急ぎの用はないので」

「えーじゃあどんな用があるの?」

「それ聞きます? 先輩、変わってますね」

「きみほどではない」

 ぶーぶー言いながらも、紫陽花は自分のスマホを璃仁の方に差し出した。画面にはQRコードが表示されている。きっとこれを読み込めということだろう。璃仁はすかさず連絡先追加ボタンをタップして、彼女のQRコードを読み取る。「紫陽花」という名前に、あじさいの前で傘をさして後ろを向いている紫陽花らしい人物のアイコンが出てきて、友達追加をした。

「ありがとうございます。これでもう先輩は逃れられません」

「うわ、なにそれ。ホラーじゃん」

雨脚がだんだんと弱くなるにつれ、二人の会話は弾んでいく。東雲駅に着く頃には傘をささなくてもいいほどの小降りの雨になっていた。

「それじゃあ私、こっちだから」

 紫陽花が指さしたのは、璃仁の乗る電車とは反対方向に走る電車の時刻版だった。もし、璃仁と同じ方向だったら、璃仁の住んでいる地域がバレてしまうかもしれないと思いほっとした。地域名を聞けば、璃仁の家が低所得世帯だとすぐにわかってしまうだろうから。

「はい。今日はありがとうございました」

「本、乾くといいね」

「乾きません、たぶん」

「うーん、私のドライヤー貸そうか? お小遣い貯めて買った、めっちゃいいやつ」

「それは気になりますけど、やめておきます。残念ですけど、この本は供養してさよならしますから」

「そっかあ」

 紫陽花は心底残念そうに傘を閉じる。
 璃仁は、本が壊れてしまった悲しみより、紫陽花から連絡先をゲットした喜びの方が大きかった。男ってつくづく単純だと思う。
 今日は一日の間にいろんなことが起こった。朝、海藤が紫陽花に言い寄っているところを見た時はかなりの衝撃だった。それにしても、結局二人がどういう関係なのか分からずじまいだ。

「まあ、またいつか聞いてみるか」

 今はまだ出会ったばかりで関係が希薄だ。いきなり尋ねるには込み入った内容すぎる。駅のホームへと続く階段を上りきると、鉛色の空の隙間から、少し晴れ間が見えていた。