璃仁の意識が戻ったと連絡を受けたのは、翌朝9時頃のことだった。知らない電話番号から電話がかかってきて出てみると、相手はなんと璃仁の母親だった。璃仁の携帯を見て、紫陽花と頻繁に連絡をとっていたことを知ってかけてきてくれたという。紫陽花は璃仁の母親に感謝して電話を切った。
 高揚感で、胸が張り裂けそうなほど心臓が鳴っていた。母に「何かあったの?」と聞かれてもしばらく返事ができなかった。

「もしかして例の少年、目覚めたの?」

 母はニュースで紫陽花を庇った璃仁が病院に送られたことを知っているようで、私の目を見て聞いた。

「うん」

 昨日、母と打ち解けてから、母はもう以前の母とは違うと感じていた。不安定だった情緒がどっしりと安定しているように見える。もし以前の母のままだったら、紫陽花に仲の良い男の子がいるというだけで、「あなたは幸せでいいわね。私なんて……」とまた嫌味を言われるところだ。

「それなら早く行ってあげなさい」

 今までだったら絶対に母の口からは出てこないような言葉を聞き、紫陽花ははっとした。母が、紫陽花の求める母らしく変わったのだ。いや違う。昔、男に溺れる前の母はいつもちゃんと「母」だった。桃畑に一緒に遊びに行った時、紫陽花は母と心から笑っていたのだ。その頃に戻ったのだと思うと、嬉しさと切なさが一気にこみ上げて来た。

「分かった。行ってくる」

 母に背中を押されるがままに家を飛び出して、璃仁の眠っている病院に向かう。秋晴れの空が、最高潮に私の気分を明るくする。愛しい人の姿を想像すると、自然と頬が綻んだ。