空っぽの心。空っぽのアカウント。空っぽのわたし。
病院からの帰り道、夕暮れ時の独特なグラデーションをした空を見上げながら歩き、身一つで電車に乗った。
SHIOが消えて、ただの紫陽花になった自分を、一体誰が必要としてくれるのか、ずっと考えていた。今向かっている自宅は、自分の家と呼べるのかどうかさえ危うい。唯一の心の拠り所である璃仁は、明日目覚めるかどうかすら怪しい。
これまで抱えていたたくさんのファンを失った紫陽花は、急に大海原に一人投げ出された孤独感に襲われた。でも、生きるためには進まなくちゃいけない。溺れて息ができなくなったら終わりなんだ——。
「ただいま」
ほとんど無意識に家までたどり着き、昼間に母と喧嘩したことなどなかったかのように玄関を開けた。空っぽの紫陽花は、母とのいざこざさえ、何も考えられなくなっていたのかもしれない。
だが、紫陽花がリビングに入った途端、温かい何かが紫陽花の身体を覆った。目を丸くして言葉も出ず、その場に立ち尽くす。
「紫陽花、紫陽花あぁぁぁ」
とても母親のものとは思えない泣き声が、部屋中に響き渡る。視覚よりも先に聴覚によって母が紫陽花の身体を抱きしめていることが分かった。
「ど、どうしたの……?」
昼間の喧嘩のことが紫陽花の頭の中でフラッシュバックする。家に帰ったらまた、母に嫌味を言われるだろうと予想していた。それでも構わない。もう母とは縁を切るつもりで生きていこうと思っていた。
でも肝心の母は、紫陽花のすぐ近くで泣き叫んでいる。しかも、これまでのように、紫陽花の肩に縋り付いて自分の不幸を慰めようとしている様子はない。それどころか、その泣き声に、「紫陽花」と呼んだ声に、娘を慈しむ愛情さえ感じたのだ。