アクアリウムレストランは思ったよりもずっと雰囲気がいい。
全体的に海をイメージしたレストランの館内は青色で覆いつくされている。
「どれにする?」
「私はアクアマリンパスタのお店がいいな。全部美味しそうだし、食後に深海のパフェなんかも美味しそうじゃない?」
「たしかに。パスタが全体的におしゃれだな。女性受けしそうなネーミングだし、色合いもいい。深海のパフェも全体的に青い感じが魅惑的だな」
「私は昔から、珍しいものが好きなんだよね。例えば、青い食べ物や青い花とかあんまりないじゃない? あえて着色したのかもしれないけれど、見つけるときれいだなって思って、つい手に取ってしまうんだよね」
「本当に青が好きなんだな」
一瞬蒼が好きに聞こえる。
それも間違ってはいないので、否定はしないでおこう。
「パスタは深海のマリンパスタにしようっと」
「げっ、それはチャレンジャーだな。青いクリームに覆われてるけど」
「水族館に行った後に、記憶を司るっていう神社に寄って帰らない?」
「あの神社か?」
「いつも夢を見るんだ。蒼くんと約束したんだけど、肝心の合言葉の部分が思い出せないんだよね。夢の中でもそこは聞こえないの」
「俺、本当に記憶をそこだけ失ってるから、あながちあの神社とは何か関係があるのかもしれないな」
「今日の感想、聞いてもいいか?」
「珍しいね。わざわざ丁寧に断りを入れるなんて」
「まずは、蒼くんって猫を被ってるんだなって思った。いつも完璧で大人の前では礼儀正しい優等生なのに、私の前だと横柄な態度だし、冷たい言葉を浴びせるし。でも、他の人が知らないあなたを知れたということは得したような気持ちになったかなぁ」
「悪いか。人間裏表の顔はあるだろ」
「でも、蒼くんの本当の顔は私しか知らないんだろうなぁって」
「それって、嬉しいのか?」
「あったりまえでしょ」
「面白い奴だな。青い食べ物をあえて食べる奴も初めて見たし」
「私は、空野奏多の力になりたいって思ってる。もちろん、蒼くんのために私は尽くしたいという気持ちもあるし」
「おまえは裏表がない奴だな」
蒼くんがにこっとすることは滅多にない。
でも、本当に心を開いた笑いはすぐに私にはわかる。
「少しだけでも、蒼くんの本当の部分に触れていたいって思う」
少しばかり珍しく蒼くんが照れているように思う。
「本当の部分、文章に入れるには悪くないな。尽くしたいという気持ちっていうのも今時珍しい考えだし、キャラとしては立つかもしれないな」
「本当にいつも小説のことばかり考えているよね。本当にプロなんだなって尊敬する」
「おまえは、そんなに人を褒めることに恥ずかしさとか抵抗はないのか?」
更に珍しく視線を逸らしつつ、私をちらりと見る。
「開き直ってしまったというのはあるけど、一生懸命応援したいなって思うし。好きという気持ちには抗えないでしょ」
「こんな人間もいるのか……」
少しばかり笑いながら、少しばかり認めてくれたような発言。
「蒼くんと一緒に食事ができて、ここに来れてよかったよ」
「そうだな」
珍しく否定的な発言をしないんだ。ちょっとびっくり。
一緒に食器を片付けて、一緒にアクアリウムの入り口に向かう。
「じゃあ、手を繋ぐか」
「からかっているでしょ」
「おまえの嬉しそうな顔を見てると、俺も嬉しくなるからさ」
無理矢理手を繋がれる。
手を繋いだ高校生の男女を見た人たちは、本物の恋人だと思うだろう。
本当は違うんだけどね。私のただの片思い。
「帰宅途中に神社があるから、寄ってみるか。夢ってどんな夢を見るんだ?」
「夢はずっと小さなときから定期的に見ていたの。だから、忘れないでいられたのかもしれない。蒼くんが声変わりする前の声で優しく私に語り掛けてくれるんだ。合言葉は〇〇〇〇だよって」
一瞬固まる。記憶の糸を辿る。
一瞬桜吹雪の風に包まれる。
ぴん、と言葉が鮮明に浮かんだ。
ずっと探していたのにずっとわからなかった合言葉。
蒼くんが語り掛けてくれた言葉。
「合言葉はアオハルだよ」
「え?」
「ずっと夢の中でもやがかかっていた言葉が今見えたの。CMで最近、青春をアオハルと呼ぶっていうのがやってるでしょ。あれ、十年前のリメイクなんだって。昔のCMをSNSで見つけたの。子供ならば、自分の名前がCMで連呼されてるのを見たら、印象に残るでしょ。しかも、私たち二人の名前を合わせたような言葉だから」
一緒に電車に乗って帰路につく。
神社と言ってもそんなに大きな神社ではなく、石段も何百とあるわけではない。
赤く光る夕焼けが少しばかりまぶしい。
「夕焼けってさ。いろんな色でできているらしいよ」
「オレンジとか赤っていう印象が強いけど」
「時間帯によって紫にも赤紫にもオレンジにも赤にもなる。それが虹みたいにあわさった時間帯が好きだな」
「そういえば、空野奏多の作品にも夕焼けの描写はわりとあるよね」
「空野奏多っていうペンネームの由来は、空を見て考えたんだよ。本名だと身バレすると活動しづらいだろ。空の彼方には何があるんだろうって思ったんだよ。小さい時に虹の上を歩くことができると思っていた時期があってさ。虹の彼方には何がある? みたいな絵本があったんだよな」
「私も、その絵本を読んだことがあるかも。虹の上を橋を渡るかのように歩けるっていう話でしょ」
「空の彼方にある何者かになりたいなって思ったんだ。なんか、すげーものが待ってるような気がするだろ。ファンレター送ってくれただろ。編集部に届いた第一号だったんだ。ファン第一号って作家にとっては超嬉しい出来事だからずっと大切にファンレターは保管していたんだ。今時手紙で感想送ってくれるなんて相当読み込んで気に入ってくれてるっていう証拠だろ。当然名前と住所も知っていた。それで、母親の友達で居候するところの娘の名前と住所が一緒だったから、はじめはどんな顔して会えばいいかわかんなかった」
「でも、不思議だよね。蒼くんの目の前で私が交通事故に遭って、蒼くんが助けを呼んでくれたとは聞いたけれど、蒼くんが神社に祈ってくれたって聞いてから無事だったのは、そのおかげなのかなって思ったの。だから、この神社の神様に記憶をかえしてもらおう」
夕焼けの中の神社はますます厳かで不思議な空気が漂っているように感じる。
「神様、もし、蒼くんの記憶をもっているならば、蒼くんに返してください!!」
人目を気にする蒼くん。
幸い人は誰もいない。
「あの時は、助けてくれてありがとうございます!!」
大き目の声を出す。もちろん、神様からの返事はない。
蒼くんの手を握り、「合言葉は――」と言って先程の言葉を言うようにうながす。
蒼くんは、少しばかり面倒くさそうな顔をする。
でも、手をぎゅっとして強制的に言うように目配せする。
あれ、今日は何回この人の手を握ったのだろう。
もはや、あたりまえになっていることに気づく。
「「アオハル!!!!」」
二人の声が重なる。
私たちの名前を合体させた言葉。蒼と羽留。
すると、元々階段下よりも気温が低い神社の空気が更に下がる。
夕陽の光が急に強くなる。
赤、紫、オレンジ、黄色、透明な光も入り混じる。
散っていたはずの桜の花びらが突如舞い上がる。
まるで私たちの周囲を取り囲むかのように、迎えてくれているかのように――。
記憶の糸が繋がる感じがする。
蒼くんの手が、更に私の手を強く握る。
見えない糸が繋がる――光が繋ぐ記憶――。
まるで映画のように幼少期の映像が三百六十度に現れる。
「羽留ちゃん?」
一瞬、呼吸を置いてから、別人のように優しい声で蒼くんが私を見つめる。
「ちゃんづけ?」
「思い出したんだよ。ずっと忘れていた。羽留ちゃんとの記憶」
そこにいたのは、十年前に別れてそのまま成長した蒼くんだった。
「嘘? やっぱり合言葉は記憶を戻す言葉だったの?」
にこやかに優し気に笑う蒼くんとの距離は確実に縮まっていた。
「ここで一生懸命祈ったんだっけ。大好きな羽留ちゃんが死にませんように。ケガをしませんようにって」
「この神社が記憶と引き換えにねがいをかなえてくれるというのは本当だった?」
「かもな」
「じゃあ、私のことを好きだったっていうことを思い出してくれたんだね。十年後にまた会おうという言葉も」
「まあな」
「じゃあ、好きって言ってよ」
「ちょっと待てよ。そんな恥ずかしいことできるわけねーだろ」
やっぱり、蒼くんは成長して、いわゆるクールキャラになってしまったらしい。
「私のこと好きなくせに!!」
「……秘密」
今まで見たことがないくらい、蒼くんの顔は赤くなっている。
「顔が真っ赤だよー」
「夕陽のせいだよ」
必死に顔を隠そうとする蒼くんはいじらしい。
「相変わらず、本心を隠した猫かぶり王子様なんだから。私がずっと好きだって思っていたのは蒼くんだよ。再会できて嬉しいけど、当面の目標は好きって言ってもらうことかなー」
「そんなこっぱずかしいこと言えるかよ。次回作で俺と羽留の話をデフォルメした話を書きたいと思う。そこに俺の気持ちを書くから。あと、ファン第一号として最初の読者になってほしい」
つい、嬉しさのあまり、抱きついてしまう。
「本当に、羞恥心というものを知らない奴だな。でも、羽留のおかげで次回作のキャラが固まった。ラストはハッピーエンドに変更する」
「羽留ってよんでくれるのもうれしい」
「これから、何度でも呼んでやるよ」
「何度でも呼ばれてやるよ」
「俺のことは、呼び捨てでいいから」
「これから、よろしくね、蒼」
「こちらこそ、よろしくな、羽留」
呼び捨ては距離がぐっとちぢまる。
「いつか好きって言わせてみせるんだから」
「恥ずかしいから、言わねーけど、小説の中で羽留への気持ちは綴るから」
猫かぶりな本性を見せない王子様は多分、好きとは正直に言わないだろう。
思いえがいていた王子様ではなかったけれど、俺様な素直じゃない王子様も魅力的だ。
私の前だけでは猫をかぶらない本当の蒼が見れたらそれはそれで幸せだ。
「もし、言うとしたら――いまわの際にいってやるよ」
「いまわの際?」
小説家の蒼は語彙力が多い。私は乏しいので、帰ったら辞書を引いて調べないとわからない言葉も多々ある。
「帰ったら、辞書で調べてみるがいい」
少し後になって知った言葉。
いまわの際とは――死に際、最期の時。
つまり――蒼は羽留とずっと一緒にいたいという最高に素敵な言葉をおくってくれたということだ。
アオハル=青春と世間では言われている。
せいしゅんの読み方を訓読みにしたものがアオハルだ。
青春とは人生の春。若くて活気のある時期。
蒼と羽留の物語はこれからもづついていく。
もし、また蒼か羽留の記憶が無くなってしまっても、またお互いを好きになる自信はあるから。
もし、離れてしまうことがあっても――二度目、三度目と再会したら、絶対に何度でも君を好きになる。
全体的に海をイメージしたレストランの館内は青色で覆いつくされている。
「どれにする?」
「私はアクアマリンパスタのお店がいいな。全部美味しそうだし、食後に深海のパフェなんかも美味しそうじゃない?」
「たしかに。パスタが全体的におしゃれだな。女性受けしそうなネーミングだし、色合いもいい。深海のパフェも全体的に青い感じが魅惑的だな」
「私は昔から、珍しいものが好きなんだよね。例えば、青い食べ物や青い花とかあんまりないじゃない? あえて着色したのかもしれないけれど、見つけるときれいだなって思って、つい手に取ってしまうんだよね」
「本当に青が好きなんだな」
一瞬蒼が好きに聞こえる。
それも間違ってはいないので、否定はしないでおこう。
「パスタは深海のマリンパスタにしようっと」
「げっ、それはチャレンジャーだな。青いクリームに覆われてるけど」
「水族館に行った後に、記憶を司るっていう神社に寄って帰らない?」
「あの神社か?」
「いつも夢を見るんだ。蒼くんと約束したんだけど、肝心の合言葉の部分が思い出せないんだよね。夢の中でもそこは聞こえないの」
「俺、本当に記憶をそこだけ失ってるから、あながちあの神社とは何か関係があるのかもしれないな」
「今日の感想、聞いてもいいか?」
「珍しいね。わざわざ丁寧に断りを入れるなんて」
「まずは、蒼くんって猫を被ってるんだなって思った。いつも完璧で大人の前では礼儀正しい優等生なのに、私の前だと横柄な態度だし、冷たい言葉を浴びせるし。でも、他の人が知らないあなたを知れたということは得したような気持ちになったかなぁ」
「悪いか。人間裏表の顔はあるだろ」
「でも、蒼くんの本当の顔は私しか知らないんだろうなぁって」
「それって、嬉しいのか?」
「あったりまえでしょ」
「面白い奴だな。青い食べ物をあえて食べる奴も初めて見たし」
「私は、空野奏多の力になりたいって思ってる。もちろん、蒼くんのために私は尽くしたいという気持ちもあるし」
「おまえは裏表がない奴だな」
蒼くんがにこっとすることは滅多にない。
でも、本当に心を開いた笑いはすぐに私にはわかる。
「少しだけでも、蒼くんの本当の部分に触れていたいって思う」
少しばかり珍しく蒼くんが照れているように思う。
「本当の部分、文章に入れるには悪くないな。尽くしたいという気持ちっていうのも今時珍しい考えだし、キャラとしては立つかもしれないな」
「本当にいつも小説のことばかり考えているよね。本当にプロなんだなって尊敬する」
「おまえは、そんなに人を褒めることに恥ずかしさとか抵抗はないのか?」
更に珍しく視線を逸らしつつ、私をちらりと見る。
「開き直ってしまったというのはあるけど、一生懸命応援したいなって思うし。好きという気持ちには抗えないでしょ」
「こんな人間もいるのか……」
少しばかり笑いながら、少しばかり認めてくれたような発言。
「蒼くんと一緒に食事ができて、ここに来れてよかったよ」
「そうだな」
珍しく否定的な発言をしないんだ。ちょっとびっくり。
一緒に食器を片付けて、一緒にアクアリウムの入り口に向かう。
「じゃあ、手を繋ぐか」
「からかっているでしょ」
「おまえの嬉しそうな顔を見てると、俺も嬉しくなるからさ」
無理矢理手を繋がれる。
手を繋いだ高校生の男女を見た人たちは、本物の恋人だと思うだろう。
本当は違うんだけどね。私のただの片思い。
「帰宅途中に神社があるから、寄ってみるか。夢ってどんな夢を見るんだ?」
「夢はずっと小さなときから定期的に見ていたの。だから、忘れないでいられたのかもしれない。蒼くんが声変わりする前の声で優しく私に語り掛けてくれるんだ。合言葉は〇〇〇〇だよって」
一瞬固まる。記憶の糸を辿る。
一瞬桜吹雪の風に包まれる。
ぴん、と言葉が鮮明に浮かんだ。
ずっと探していたのにずっとわからなかった合言葉。
蒼くんが語り掛けてくれた言葉。
「合言葉はアオハルだよ」
「え?」
「ずっと夢の中でもやがかかっていた言葉が今見えたの。CMで最近、青春をアオハルと呼ぶっていうのがやってるでしょ。あれ、十年前のリメイクなんだって。昔のCMをSNSで見つけたの。子供ならば、自分の名前がCMで連呼されてるのを見たら、印象に残るでしょ。しかも、私たち二人の名前を合わせたような言葉だから」
一緒に電車に乗って帰路につく。
神社と言ってもそんなに大きな神社ではなく、石段も何百とあるわけではない。
赤く光る夕焼けが少しばかりまぶしい。
「夕焼けってさ。いろんな色でできているらしいよ」
「オレンジとか赤っていう印象が強いけど」
「時間帯によって紫にも赤紫にもオレンジにも赤にもなる。それが虹みたいにあわさった時間帯が好きだな」
「そういえば、空野奏多の作品にも夕焼けの描写はわりとあるよね」
「空野奏多っていうペンネームの由来は、空を見て考えたんだよ。本名だと身バレすると活動しづらいだろ。空の彼方には何があるんだろうって思ったんだよ。小さい時に虹の上を歩くことができると思っていた時期があってさ。虹の彼方には何がある? みたいな絵本があったんだよな」
「私も、その絵本を読んだことがあるかも。虹の上を橋を渡るかのように歩けるっていう話でしょ」
「空の彼方にある何者かになりたいなって思ったんだ。なんか、すげーものが待ってるような気がするだろ。ファンレター送ってくれただろ。編集部に届いた第一号だったんだ。ファン第一号って作家にとっては超嬉しい出来事だからずっと大切にファンレターは保管していたんだ。今時手紙で感想送ってくれるなんて相当読み込んで気に入ってくれてるっていう証拠だろ。当然名前と住所も知っていた。それで、母親の友達で居候するところの娘の名前と住所が一緒だったから、はじめはどんな顔して会えばいいかわかんなかった」
「でも、不思議だよね。蒼くんの目の前で私が交通事故に遭って、蒼くんが助けを呼んでくれたとは聞いたけれど、蒼くんが神社に祈ってくれたって聞いてから無事だったのは、そのおかげなのかなって思ったの。だから、この神社の神様に記憶をかえしてもらおう」
夕焼けの中の神社はますます厳かで不思議な空気が漂っているように感じる。
「神様、もし、蒼くんの記憶をもっているならば、蒼くんに返してください!!」
人目を気にする蒼くん。
幸い人は誰もいない。
「あの時は、助けてくれてありがとうございます!!」
大き目の声を出す。もちろん、神様からの返事はない。
蒼くんの手を握り、「合言葉は――」と言って先程の言葉を言うようにうながす。
蒼くんは、少しばかり面倒くさそうな顔をする。
でも、手をぎゅっとして強制的に言うように目配せする。
あれ、今日は何回この人の手を握ったのだろう。
もはや、あたりまえになっていることに気づく。
「「アオハル!!!!」」
二人の声が重なる。
私たちの名前を合体させた言葉。蒼と羽留。
すると、元々階段下よりも気温が低い神社の空気が更に下がる。
夕陽の光が急に強くなる。
赤、紫、オレンジ、黄色、透明な光も入り混じる。
散っていたはずの桜の花びらが突如舞い上がる。
まるで私たちの周囲を取り囲むかのように、迎えてくれているかのように――。
記憶の糸が繋がる感じがする。
蒼くんの手が、更に私の手を強く握る。
見えない糸が繋がる――光が繋ぐ記憶――。
まるで映画のように幼少期の映像が三百六十度に現れる。
「羽留ちゃん?」
一瞬、呼吸を置いてから、別人のように優しい声で蒼くんが私を見つめる。
「ちゃんづけ?」
「思い出したんだよ。ずっと忘れていた。羽留ちゃんとの記憶」
そこにいたのは、十年前に別れてそのまま成長した蒼くんだった。
「嘘? やっぱり合言葉は記憶を戻す言葉だったの?」
にこやかに優し気に笑う蒼くんとの距離は確実に縮まっていた。
「ここで一生懸命祈ったんだっけ。大好きな羽留ちゃんが死にませんように。ケガをしませんようにって」
「この神社が記憶と引き換えにねがいをかなえてくれるというのは本当だった?」
「かもな」
「じゃあ、私のことを好きだったっていうことを思い出してくれたんだね。十年後にまた会おうという言葉も」
「まあな」
「じゃあ、好きって言ってよ」
「ちょっと待てよ。そんな恥ずかしいことできるわけねーだろ」
やっぱり、蒼くんは成長して、いわゆるクールキャラになってしまったらしい。
「私のこと好きなくせに!!」
「……秘密」
今まで見たことがないくらい、蒼くんの顔は赤くなっている。
「顔が真っ赤だよー」
「夕陽のせいだよ」
必死に顔を隠そうとする蒼くんはいじらしい。
「相変わらず、本心を隠した猫かぶり王子様なんだから。私がずっと好きだって思っていたのは蒼くんだよ。再会できて嬉しいけど、当面の目標は好きって言ってもらうことかなー」
「そんなこっぱずかしいこと言えるかよ。次回作で俺と羽留の話をデフォルメした話を書きたいと思う。そこに俺の気持ちを書くから。あと、ファン第一号として最初の読者になってほしい」
つい、嬉しさのあまり、抱きついてしまう。
「本当に、羞恥心というものを知らない奴だな。でも、羽留のおかげで次回作のキャラが固まった。ラストはハッピーエンドに変更する」
「羽留ってよんでくれるのもうれしい」
「これから、何度でも呼んでやるよ」
「何度でも呼ばれてやるよ」
「俺のことは、呼び捨てでいいから」
「これから、よろしくね、蒼」
「こちらこそ、よろしくな、羽留」
呼び捨ては距離がぐっとちぢまる。
「いつか好きって言わせてみせるんだから」
「恥ずかしいから、言わねーけど、小説の中で羽留への気持ちは綴るから」
猫かぶりな本性を見せない王子様は多分、好きとは正直に言わないだろう。
思いえがいていた王子様ではなかったけれど、俺様な素直じゃない王子様も魅力的だ。
私の前だけでは猫をかぶらない本当の蒼が見れたらそれはそれで幸せだ。
「もし、言うとしたら――いまわの際にいってやるよ」
「いまわの際?」
小説家の蒼は語彙力が多い。私は乏しいので、帰ったら辞書を引いて調べないとわからない言葉も多々ある。
「帰ったら、辞書で調べてみるがいい」
少し後になって知った言葉。
いまわの際とは――死に際、最期の時。
つまり――蒼は羽留とずっと一緒にいたいという最高に素敵な言葉をおくってくれたということだ。
アオハル=青春と世間では言われている。
せいしゅんの読み方を訓読みにしたものがアオハルだ。
青春とは人生の春。若くて活気のある時期。
蒼と羽留の物語はこれからもづついていく。
もし、また蒼か羽留の記憶が無くなってしまっても、またお互いを好きになる自信はあるから。
もし、離れてしまうことがあっても――二度目、三度目と再会したら、絶対に何度でも君を好きになる。