八王子から横浜までは、電車で約一時間半。
 浮遊して飛んでいけば移動距離はかなり短縮できる。

 カーペットだと案外悪目立ちしてしまうため、紫乃は近くのホームセンターで箒を一本購入した。浮遊に適した魔導具ではないものの、飛べることには飛べるので今のところ問題ないだろう。

 紫乃は昨日の反省を踏まえて、今日の浮遊は体を透明化して飛ぶことにした。

(前世でお遊び半分に編み出した透過魔法だけど、さっそく役に立った。浮遊訓練申請も浮遊許可証は平日じゃないと手続きできないから……とりあえずこの休みは楽しもう)

 稀に体質変化によって大人でも魔法の才能が生まれるという理由から、魔才の発覚及びそれらの申告期限は最長半年まで猶予が与えられている。
 ということで、一日や一週間ほど申告が遅れたところで問題にはならなかったはずだと、紫乃はぼんやり考えた。

 そもそも突然魔才がわかったところで、紫乃のように前世がない限り魔法を扱えたり浮遊できる人間はまずいない。申告したところで疑われることは無いに等しかった。

(でもちゃんと浮遊税は払わないと……うーん、やっぱりバイトしなきゃなぁ。生活費はお母さんが全部出してくれてるけど、浮遊税は……)


 最悪ポロネス大陸国でギルド登録をし、依頼料を換金するのも手だと思案しながら、紫乃は箒で横浜を目指した。


 ***


「おいしい〜!」

 海の見えるカフェテラスで一人、紫乃は待望のモーニングを頬張っていた。
 澄み渡る青い海の向こう側には、うっすらと江ノ島が一望できる。
 今日の天気はすこぶる快晴。浮遊中にちょっと進路を変更したが、美味しいモーニングを提供するカフェに巡り会えて幸せだ。

 まだ早朝ということもあり、テラスには紫乃しかいない。
 たっぷりチーズとふんだんにトッピングされた新鮮な野菜と卵、カリッと外側が焼かれたベーコンが乗るエッグベネディクトを口に入れる。
 すべてが上手く混ざり合い、旨味のハーモニーを奏でている気さえした。
 続いてセットで頼んだ飲み物。
 可愛らしいアートが描かれたカフェラテをひとくち。お店こだわりのナチュラルなコーヒー豆から抽出されたエスプレッソは風味良く、丁寧にスチームされたミルクと溶け込めば口あたり滑らかでついつい飲み進めてしまう。

「おいしい〜〜!」

 二度目の絶賛。夫婦で経営している店員二人は、そんな紫乃の様子をニコニコと微笑ましそうに眺めていた。
 レジで先払いしたときも「若いのに早起きねぇ、一番乗りのお客さんだから、プチデザートもサービスするから」と声をかけられた。
 ありがたくサービスも平らげた紫乃は、食事前に素早く撮っていたスマホの写真を確認する。

(これ、いい感じに撮れてる。記録用に写真載せちゃおっかな)

 元は閲覧用に一つだけアカウントを登録しているだけだったが、紫乃は新たに『バイオレット』という前世の名で登録した。

(なんか、バイオレットって安直すぎ? まあいっか。なんだったらあとで変更すればいいし)

 アカウント登録後、お腹が休まるまでポチポチとスマホを操作し写真を投稿した。
 ハッシュタグ『カフェ』を付けると、似たようなアカウントからいいねボタンが押される。ちょっと嬉しい気持ちになりながら、紫乃はもう一度手を合わせて席を立った。

 こんな風に、まったりと気ままな時間の使い方を、本当は前世のバイオレットも望んでいたのだ。