「と、ところで、先程読んでいらっしゃったご本は、どんなご本なのですか?」

「本? ああ、これかい?」

浅黄はそう言って傍らに置いた本を取り上げると、八重に渡してくれた。タイトルからして、恋愛小説のようだった

「まあ、これは恋愛小説ですか? 男の方でも読まれるのですね。どんなお話なのですか?」

「はは。それなら読んでみると良いよ。貸してあげよう。僕はもう一度読んでいるからね」

「えっ……、良いのですか……?」

給金がない八重は、あやめが古本として物置小屋に積んだ本しか読めない。新しい本が読める喜びに、八重は素直に微笑んだ。

「はは。君は春の青空に誇る桜のように笑う人だね。君の笑った顔を見て、実に気持ちがよくなった。いいよ。読めたら感想を聞かせてくれ。僕も本の感想を語らうのは好きだから」

「はい、是非!」

笑みを湛えて返事とすると、やっと笑ってくれてよかったよ、と浅黄が言った。

「女性に饅頭を持ってきて、喜んでもらえないとは思っていなかったからね。本で良ければいくらでも貸そう。それを返してくれる時に、次に読みたい本の話の種類を聞かせてくれ。僕が選んで持って来よう」

「い、良いのですか……?」

「勿論、返してくれる時に感想を聞かせて欲しい。それが条件だ。どう?」

そんなことで本を読ませてもらえるなんて……! 八重はコクコクと頷いた。

「じゃあ、決まりだ。そうだな、一週間後の今日なんて、どうだろう?」

「はい。必ず参ります」

「よし。それじゃあ、約束だ」

浅黄がそう言って、右手の小指を差し出した。子供の頃に戻ったみたいで、八重も小指を差し出す。絡めた指の温度を、いつまでも忘れたくないと思った。