家に帰り、あやめの部屋を掃除する傍ら、贈られた着物の桐箱を確認する。麗筆な文字で書かれた『斎藤男爵家 八重様』の文字が、一層むなしく目に映る。するとそこへあやめが帰って来た。

「お前、私の部屋で何をしているの!」

「あやめさま。この蓋に書かれた文字、これは私の名前です。宮森さまが、傘を貸したお礼にと贈ってくださったものなのです」

「以前、その話で饅頭を盗んできたことへの言い訳にしたと聞いてるわ! 使用人風情のお前が宮森さまに恩を売るだなんて話を、誰が信用しますか! 作り話でわたくしから着物を奪おうというの? お前は本当に根性が曲がっているわね!」

座っていた八重の背中をあやめが足で蹴る。倒れ伏した八重の額に桐箱の角があたり、額に傷が出来た。

「お前の汚い血で大切な箱を汚さないで頂戴! 今夜は宮森さまもご出席されるパーティーがあるのですから、こんなところで油を売っていないで、早く仕事をするのね!」

一向に八重の話を聞こうとしないあやめに、もうこれ以上言っても無駄だと思い、八重は部屋を辞した。




夜のパーティーの為に、あやめは八重に身支度を手伝わせた。あかるい空色の着物はあやめの華やかな美貌に似合っており、八重が自分のものだと豪語するものとはとても思えない。

「お前にはこの素晴らしい着物は不似合いよ。どう口が曲がったら、この美しい着物を自分のものだと言えたのでしょうね」

きろりと八重を睨んで、支度を終えた両親のもとへ行く。俯いたままの八重は、馬車に乗ったあやめたちを玄関で見送っていた。

パーティー会場には華族や政財界の要人が集っていた。あやめも心弾む思いで会場へ足を踏み入れる。

「お父さま、お母さま。こんなに素敵な着物を頂いたんですもの、宮森さまにご挨拶しなくては」

「ああ、そうだな。宮森殿もあやめを見初めたのなら、きっとお前に会いたいと思っているだろう。本来だったら男性からの声掛けを待ちたいところだが、宮森殿も色々お付き合いがおありだろう。私たちの方から声を掛けねば」

父がそう言ってあやめを侯爵のところまで連れて行ってくれる。高揚感にどきどきしながら、あやめは父の挨拶する先を見た。