幼い頃、両親に連れられて訪れた屋敷の庭に不思議な桜の木があった。桜はみな薄桃色だと思っていた八重は、その薄い黄色の花に見入っていた。

「その桜、気に入った?」

桜を熱心に見ていた八重は、そう声を掛けられて飛び上がるほどびっくりした。声の方を振り向くと、屋敷の陰から利発そうな顔をした男の子が微笑みを湛えて出てきた。

「はい。これは桜……、なんですか? こんな色の桜は初めて見ました」

八重の言葉に気を良くしたのか、少年はふふ、と笑うと八重の隣に来て桜を見上げた。

「この桜はおじいさまが小さい頃に飢えられたものなんだって。鬱金桜と言って、おじいさまはこの桜が大好きで、僕の名前にもしたくらいなんだ」

「ではあなたは鬱金さんと言うのですか?」

「ふふ。それが違うんだよ。僕の名は浅黄というんだ」

「浅黄さん……」

八重が彼の名前を口の中で転がすと、浅黄は嬉しそうに微笑んだ。

「浅黄と言うのは鬱金桜の別名なんだ。この名前がある限り、僕はおじいさまに見守られている気分になるんだ」

誇らしそうにそういう彼に、素敵な名前ですね、と八重も微笑む。

「そう思ってくれる? じゃあ君には記念にこの花を上げるよ」

浅黄はそう言って木によじ登ると、桜を一輪、枝からもぎ取って八重の手に載せてくれた。

「今日の記念。また逢えたらいいね」

にこにこと朗らかに微笑む浅黄に、八重はありがとうございます、と礼を言った。

「こんなきれいな桜、ただ枯らしてしまうのは忍びないですね。栞にして大事にします」

そっと手のひらに包んだ、淡い黄色の桜を見つめて八重がそう言うと、そうしてくれると贈った甲斐があるよ、と浅黄も言った。

家に帰る時に両親にそのことを話すと、良い記念が出来たわね、と喜んでくれた。