仕事帰りの下り各駅停車に揺られて降り立ったのは都会の谷間のような街。
 コンビニも潰れてしまった駅前は真っ暗で、開いてるお店なんか一つもない。
 二月の乾いた風がチャラ男の口笛みたいに私の首筋を撫でていく。
 ――ふう、なんか疲れたな、心が。
 仕事では面倒を押しつけられるし、学生時代から付き合ってきた彼氏には振られるし、年明けから何にも良いことがない。
 そもそも発注ミスをしたのは取引先なのに、相手の方が立場が上だからって、課長も電話口でペコペコしちゃってさ。
 いつもより明らかにロットの桁が違うって間違いに気づいて、いったんストップさせたのは私の功績でしょ。
 それをさぁ、『丸く収めるために飲み込んでくれ』なんて、納得いかない。
 むしろ、吐きそう。
 おまけに、仕事が詰まっちゃってデートの約束をキャンセルしたら、そのまんま『別れよう』なんて連絡が来てそれっきり。
 なんでよ、全部私のせいなの?
 ああ、もう、イライラする。
 こんなときに限って、帰ってもご飯がないって今頃気づいちゃうし。
 お店なんかどこにもないのにどうしよう。
 唯一明かりがついてるのが学習塾って、受験シーズンだからか。
 生徒さんも講師の方々も遅くまでご苦労様ですけど、一生懸命頑張っていい大学出ていい会社に入っても、やらされてることなんて、こんなことばかりですよ。
 学生の頃は、与えられた課題を乗り越えていけば、なんかもっと明るい将来が待ってると思ってたんだけどな。
 見えない重荷を引きずるように路地裏に足を踏み入れる。
 何軒か居酒屋さんがあったような気がしたんだけど、このご時世でなくなっちゃったのかな。
 最悪、ピザの出前でも取るしかないか。
 と、路地を曲がったところで、恐ろしく間口の狭い長屋造りの建物に明かりが灯っているのが見えた。
 入り口には布が下がっている。
 もしかして、暖簾?
 近寄ってみると、『ズボラ飯こころのこり』と書かれていた。
 やった、ご飯屋さんだ。
 早速、カラカラと引き戸を開けて中をのぞいてみたとたん、思わず足が止まってしまった。
 ――あれ、入り口はここじゃないのかな?
 中は上がってすぐが畳の部屋になっていて、炬燵の上にはミカンが置いてある。
 壁には電器屋さんのマークが入った時計と酒屋さんの名前が印字されたカレンダーがかかっていて、奥の調理場との間には音が思い浮かびそうな珠暖簾が下がっている。
 昭和のおばあちゃんちみたいで、本当にご飯屋さんなのかな。
 常連じゃないと入りにくそうだし、やめた方がいいかな。
 でも、うちに帰ってもご飯ないし、どうしよう。