夜は不安のもやが渦巻きやすい時間だ。あれこれ考える時間ができるのが主に寝る前だ。もやが渦巻く夜になり、エイトの姿を見ると口から不安がこぼれ出る。

「私が居候していていいのかな? 新しい出会いとか恋の邪魔じゃない?」
 ナナは不安に思っていることをぶつける。なるべくお互い思ったことは伝えあうのが家族のルールだ。

「俺は、美佐子さん一筋だし、今のところ彼女作る気はないぞ」

「お母さんと私に遠慮して新しい恋愛ができないのは、まだ未婚で若いのに申し訳ないなって思う。もし、本当に好きな人が現れたら遠慮なく恋愛でも結婚でもしなさいよ」

「俺は、そんなに惚れっぽくないんだって」

「でも、好きになるのは理屈じゃないから、生きていればそういうことがあるかもしれないでしょ」

「わかったよ。遠慮はしない。でも、今はそんな気持ちにはなれないけどな」

 本当に誠実な人なんだなぁと背の高いエイトを見上げる。

「実は、俺ってちゃんと付き合ったことないんだ。美佐子さんとはデートもしないままだったし、高校の時は、親が死んでアシスタントのバイトしながら受験勉強して、大学生の時にデビューしたから、遊んでる暇もなかったしな」

 エイトは家族でお兄ちゃんみたいな存在だ。その人が、意外に恋愛初心者だということに安堵してしまう。少しお腹が空いたなぁと思っていると、少し間を開けてエイトが提案した。

「腹減ったな。冷凍していたもので簡単に夜食でも作るか」

「またまた家事男子《カジダン》の腕の見せ所ってことね」

「時間あるときにまとめて冷凍保存していると、結構そのまま調理できたりして便利なんだよな」

「さすが、エイトの知恵袋!!」
 おどけながらエイトを持ち上げる。これは自身の不安を忘れるためでもあったのかもしれない。

「おう、任しとけぃ!! 今日は鶏肉とピーマンのチーズ焼きだ。おつまみの一品に最高だ」
 ノリがいいのがエイトらしい。

「鶏肉は冷凍していたの?」

「空気が入らないように冷凍して、下味をつけるとそのままレンジでチンで一品できるからな。下味は、簡単にすきやきの素だぜぃ」

 ノリの良さにはノリで返すのがエイトだ。エイトはナナの不安の渦を取り払うかのような明るい態度だ。

 冷蔵庫からピーマンを取り出して細く刻む。そして、冷凍していた鶏肉を解凍させて、ピザ用チーズをかけてレンジで温める。簡単に一品ができた。

「たしかに、醤油おおさじ1とか、計るのは面倒だから、味付けに便利だよね、すきやきの素かぁ」

「ちなみに、めんつゆも結構味付けには便利だぞ」

「たしかに、酒1、みりん1って初心者にはハードル高いよね」

「今日は死神業もないし、俺は、久々にビールでも飲んでくつろぐとするか」

「じゃあ、私はジュースでかんぱい」

 エイトが作る一品料理は簡単だけれどおいしいので、胃袋は完全にエイトにつかまれているといっても過言ではない。それくらい、エイトと一緒にいる時間が増えるにしたがって、彼の良さが見えているという事実があった。

 自宅の即席深夜レストランは案外心地いい。心があったまる。
 多分、エイトの愛情がふんだんに散りばめられているからだろう。