「いらっしゃいませ」
 こんな素敵なレストランがあったなんて知らなかった。しかも、全部100円ってどういうこと? メニューは不思議な名前のものばかり。美しい店舗の雰囲気とおいしそうな香りのする店内に入ると、異世界へといざなわれそうな気持になる。うきうきした気持ちで店に誘われるように気づくと足を踏み入れていた。ドアを引くとカランカランと心地いいベルの音が鳴る。いい香りがする。私の嗅覚は比較的当たることが多い。当たりのお店に出会った予感がする。

 もうすぐ夜ご飯の黄昏時に、時間素敵なレストランを見つけたので、つい入店したのだが、店長さんもとても素敵なお兄さんだ。ここから素敵な恋が始まるかもしれない。なんてすぐ考えてしまう。

 高校生1年生の女の子。時野夢香《ときのゆめか》。自分で言うのもなんだが、白馬の王子様に憧れているタイプの恋愛脳の女子高校生だ。常に出会いを求めているし、惚れっぽいと思う。どちらかというと、これから素敵な男性に出会って、そのまま結婚して、素敵な人生を歩みたいと勝手に思っている。愛があればいいのだ。特に夢も将来への展望もないどこにでもいる女子高校生だ。

「メニューはどちらになさいますか?」
 素敵なお兄さんにメニュー表を見せられたのだが、なぜか目に飛び込んできたのはシンデレラのオムライスという文字だった。
「シンデレラのオムライス……?」

 思わず、聞いてみる。こんなメニューは他のお店で見たことはない。シンデレラは、小さい時からずっと大好きだった物語だった。まさに、恋愛脳を構築したという原点ともなった絵本だった。頑張っていれば素敵な王子様に見初められ裕福な暮らしができる。でも、シンデレラの王子様は彼女のどこを好きになったのだろう? 顔なのか? スタイルなのか? 話が合ったのだろうか? 正直シンデレラの見た目が王子を虜にしたのかもしれないとしか思えなかった。だって、あんなに短時間で話が合うから求婚されるという理屈も変だし、魔法使いのおばあさんに王子が惚れる魔法でもかけてもらったのではないのか? そんなことを最近思うようになった。幼稚園児の頃は何も思わず受け入れていたストーリーも歳と共に見方が変わるものだ。

「こちらは、シンデレラをイメージしたオムライスでございます。きっとお客様のような王子様を待っている女性のお口に合うかと思われます」

 私のこと、知っているかのような見透かした発言。値段を見て驚いた。全て100円なのだ。どんなに立派な料理でも甘美なスイーツでも100円だ。

「これ、全部100円ですか?」
 イケメンなお兄さんに全てを見透かされていそうな不安もあい混じりながら、質問してみた。
「当店のメニューは全て100円でございます」

 にこやかな店主と共に小学生くらいのかわいい少女がオーダーを確認した。
「シンデレラのオムライス1つ入りましたー」

 小さな少女に向かってほほ笑みながら、お兄さんに質問してみる。
「どういった感じの食べ物なのでしょうか?」

「カボチャライスが中に入っているオムライスです。ガラスの靴をイメージしたソースをかけています。百聞は一見にしかずですよ」

 イケメンのお兄さんが、オムライスを作っている少女のほうに目をやった。後ろのほうで、少女がなにやら作っている。小学生に作ることができるのだろうか? しばらくすると、見たこともない美しいオムライスが目の前に現れた。透明なガラスの靴を彷彿させる比較的小さいオムライスが、美しい透明なハイヒールの形の入れ物に入っているのだ。しかも、ソースは透明なゼラチンで作られていて、表面には金色や銀色で彩られた飾りもついていた。よくお菓子の上に乗っている金色の粉のようなものだ。

「いただきますっ」

 一口ほおばると、カボチャ味のライスが口の中で優しく広がる。甘さは自然な味わいで、カボチャの甘さとソースの甘さが甘党の私には絶妙だった。ほっこりした甘さに心奪われ、食事に夢中になってしまった。この店は不思議なことばかりだ、何か質問してみようかな。

「こちらは材料は何か特別なものを使っているのですか?」
「ゼラチンと砂糖を使っていますが、あなたは特別なお客様なので、今日はおもてなしの特別メニューを作りました。現実甘くはないですが、せめて食べ物くらい甘くてもいいと思うのですよね」

 本音を見せないイケメンのお兄さんはスキのない笑顔でほほ笑んだ。きっと私をからかっているのね。そう思うことにした。

「お客様はもしも、あの時……という後悔はございませんか?」
「えぇ、もしも高校入試に落ちていなかったらっていうことはいつも頭をよぎります。あの時合格していれば、もっといい高校生活や未来が待っていたと思うのです」
「もしも、合格していたらという世界を当店はご用意可能ですが」
「どういうことですか?」
「ここは、もしもが体験でき、ねがいがひとつかなうレストランとなっております」
「またまたご冗談を」

 イケメンのおにいさんにからかわれているのだと思い、笑って聞き流そうと思った。しかし、おにいさんは真剣な顔をして、メニュー表を出してきたのだ。ひときわ目を引くドリンクがあった。

「虹色ドリンク?」 
「これを飲むと、過去か未来のもしもの世界が体験できます。実際、虹色程度に人生の道はたくさん広がっています」

「もしもの世界、面白そう」
「もしかしたらこうなったかもしれないというひとつ別の人生を体験できるのです。もしもを体験するならば、ひとつだけ、あなたの記憶を私にください」

「記憶ですか、ひとつくらいあげてもかまいませんよ。おいしいものは大好きです。虹色ドリンク、おいしいですかね?」

 好奇心でドリンクを飲んでみたくなった。無料だし、飲むだけならば、どんな味なのか見た目も気になる。写真に撮って友達に自慢しちゃおう。

「見た目は虹のような色合いです。味についての表現は難しいですね。何かを得るためには、何かを捨てることも必要です」 

 細かいことを気にしない性格なので、無料ドリンクを飲んでみようという気持ちで、頼んでみた。

「いらない記憶はありますか?」
「結構どうでもいい記憶ってあるけど、なくなると困る記憶って何かなぁ?」
「初恋の記憶は必要ですか?」
「そうね、初恋は小学一年生のときだったけど、その人転校して二度とあえなかったし、あげちゃってもいいかな」

 すると魅惑的なおにいさんの微笑みが私の心に突き刺さる。
「初恋の記憶いただきます。虹色ドリンク1杯承りました。素敵なもしもを体験してください」

 すぐに、虹色ドリンクが出てきたのだが、見た目は7色の層になっていて、とてもきれいな色合いだった。色は毒々しくないパステルカラーの色合いだった。カクテルで、2色が2層になっているような感じに近いだろうか。見たことのない魅力的な不思議な色合いだった。1口飲んでみる。

「いただきます」
 その1口目は、何とも言えないこの世のものとは思えない味わいだった。

 甘いのだが、ほどよい果実感があり、飲んだことのない味わいを感じさせるジュースだ。多分、この世界にはない味だろう。でも、大好きになりそうなおいしさがある。

 ひとくち飲むと、少し意識がふんわりする。なんだろう。この感じ……。

 気づくと、高校入試の合格発表当日の朝だった。そんなはずは普通はないのだが、虹色ドリンクの効果だろうか? 実際に自分が体験した高校入試の合格発表の自宅と全く同じだったから、よくわかる。それは、第一希望の共学の高校の発表日だ。第二希望の女子高校に進学することになる、苦い思い出の合格発表の当日だ。これから発表をネットで確認しようとしている時間帯だ。

 いつもと何もかわらない日常がそこにあるが、この後、人生初の不合格という烙印を押された日だ。15歳にして、はじめての他人からの評価。それは、この高校に来ないでくださいという悲しい評価だった。人生の烙印を押されたような気がしていた。それは、失格という名前の烙印だった。それから、その烙印を背負って生きてきた。だから、もしも合格していたら、歓迎を受けていたら価値観、人生、全てがきっと変わると思っていたのだ。

 きっとこの第一志望の進学校でもあり、文武両道をかかげる第一高校で、素敵な彼氏を作って、頭のいい友達に囲まれて過ごしていたはずなのだ。

 そして、発表の瞬間だった。
「合格だって!!」
 一緒に見ていた母親が急いで、父に連絡をはじめた。そして、祖父母や親せきに喜びの報告をしている。まず、この時点で、だいぶ現実と「もしも」の世界は違うようだ。

 喜びに震えた。たとえ夢だとしても、夢にまで見た合格を手に入れたという喜びだ。性格はもっと前向きになれるのだろうか? 明るくなることができるのだろうか? この合格がきっと人生を変えてくれると信じて疑わなかった。

 この世界は早送りができるらしい。気づくと、あっという間に入学式当日で、喉から手が出るほど着てみたかった第一高校の制服を着ていた。憧れのブレザー。憧れのスカート。別人になったみたいに、誇らしげに歩く。通学している女子高校とは全然違う。男子が6割だから、女子よりも多いし、顔面偏差値も高いと評判の第一高校。親も喜ぶ市内一番の進学校だ。私の鼻はだいぶ高くなっていたように思う。女子高だから彼氏ができないけれど、この高校ならばきっと恋愛ができるだろう。どんな素敵な出会いがあるのだろう? 胸を躍らせて入学式に臨んだ。好みの顔立ちの男子生徒も同じクラスにいた。顔はアイドルにいそうな顔立ちだし、スポーツをやっていたらしく、さわやかそうだ。

 友達もできた。でも、ここの生徒はみんな成績優秀な人の集まりなのだ。だから、成績がちょっといいだけの人は成績の底辺になるという事実を知ることになった。会話をしていると、プライドの高い人が多く、お金をかけて、習い事をしてきた人が多かった。家もお金持ちだとか、親の職業は年収のいい開業医だとか、弁護士だとか、会計士だとか、なんとなくみんなが自分のプライドを高く掲げている人ばかりだった。今通学している女子高のほうが、ずっと気楽だった。
 勉強勉強で、ここの毎日は大変だった。地頭がいい天才肌は、勉強をそんなにしなくても、1を聞いて10を知るタイプばかりで、テストの成績は上位だ。しかし、地頭の良くない私のような生徒は、ついていくのに精一杯で、いくら勉強しても上位には程遠い。どんなにがんばっても底辺なのだ。人生は不平等の連続だ。毎日が苦しい。恋愛どころでもなく、親は成績が悪い私に対して、推薦で大学に行くこともできないと焦りをあらわにした。

 自分自身が一番焦っていた。ついていくのが精一杯。赤点ばかり。小テストも周りは100点ばかり。どうしたらいいの? 私って頭が悪いの? 勉強なんて大嫌いだ。大学に行きたくない!! そう思っていた。今の私よりも、辛い毎日だった。

 ♢♢♢

「もしもの世界はいかがでしたか? 必ずしもシンデレラストーリーが待っているわけではないということがおわかりいただけたでしょうか? ただ王子様を待っているだけでは何もはじまらないということです。あなたのねがいは何ですか?」
 お兄さんの声が聞こえた。ゆっくり瞳を開けてみる。ここは先程の不思議なレストラン?

「ひとつお願いがあります。私をここで雇ってください!! 今のほうがいいです。今を否定することって自分から逃げているみたいだから、否定はしません」
 私の必死の懇願にお兄さんは少しびっくりしているみたいな顔をした。そして、にこりとほほ笑む。

「こちらはかまいませんが……」
「ここの味、とっても気に入りました。過去に戻るより、今、何かを成し得たいと思いました」
「面白い方ですね。じゃあ好きな時にボランティアとして手伝いに来てください。うちのメニューを毎回お礼として出しますよ」
 やっぱりお兄さんは優しい。

「僕の名前はアサトです。18歳です」
「あたしの名前はまひる。10歳だよ。よろしくね。ボランティアのおねえさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします。時野夢香と申します」
 これからお世話になるであろう2人に深々とお辞儀をした。

「これ、うけとってください。幻のレストランに入るにはこのネックレスの宝石が必要になります。これを持って入りたいと願うとこの店は現れます」
 アサトさんは、自分がつけていた赤い宝石がついたネックレスを私にくれた。高価な品物をもらってもいいのか、少し戸惑う。

「これがないと入ることができないのですか?」
「幻のレストランは、普通の人間は入ろうと思っても見つけることができません。しかし、これがあれば行きたいと思った時に行くことが可能となります」

 この不思議なレストランでお手伝いをすることが決まったのだ。相手の素性も何もわからないというのに。素敵な恋の予感とまだ見ぬ素敵なお客様たちとの未知なる遭遇を感じながら、私は過去を振り返ることなく、新たな一歩を踏み出したのだ。
「ごちそうさまでした!!」
 精一杯のお礼の気持ちを込めてごちそうさまと言って、お店を後にした。


「まひる、あの子は本当は今日、初恋の人と再会する予定があったのに、初恋の記憶を消すなんてもったいないことをしたように思います」

「おにーちゃんってば、夢香に説明しないで、もしもを体験させちゃうなんてさ。ちょっとひどくない? 偶然の再会で初彼氏になるなんて、普通思わないじゃん」

「夢香は僕たちに必要な人だからね。彼氏ができて、彼女がこちらに来てくれなくなると我々が困るんだよ」




 ※【シンデレラのかぼちゃごはんオムライス】
 かぼちゃの甘みと米が絶妙にマッチ。かぼちゃごはんをたまごで包み、透明なゼリー状のソースをかける。ソースに混じる金銀の粉が美しい。