大昔から日本中に存在してる妖怪達は、人々の畏怖を集めることで、その力と姿形を保ってきたらしい。まるで信仰を集める神様みたいに。
でも時代が変わって、科学技術が進歩していくと、妖怪の存在は何かと理由を付けて否定されるようになる。
川辺で小豆を洗っていたって、小石の流れる音か、はたまた草木の揺れる音か、別の理由を付けられる。
妖怪達は人間の畏怖を集められなくなって、だんだんその姿を消していった…。
でも存在が消えたわけじゃない。
逆に妖怪達が、人間社会に上手く馴染んでいったのだ。
人間そっくりに変化して会社員を務める者もいれば、自分でお店を開いてお客さんを相手する者もいる。冬至さんみたいに。
お酒と美味しい物が好きな冬至さんは、せめて人間社会に疲れた妖怪に憩いの場を提供しようと、この居酒屋 大江山をオープンした…という経緯だそうだ。
「…へぇ、妖怪も頑張ってるんですね。
私も新卒1年目の頃は、右も左も分からなくて苦労したなぁ…。」
「はは、お互い大変だよな。
“妖怪”って呼び方も、今じゃ時代遅れってんで使う奴は少ないよ。
見た目は人間と変わりないから、俺達は“あやしいひと達”って呼んでる。」
「あ、あやしいひと…?」
妖が転じたんだろうか。そんなフワッとした呼び方じゃ、かつての妖怪的威厳はすっかり丸くなってしまったのかもしれない。
「じゃあ、冬至さんも妖怪じゃなくて“あやしいひと”なんですか?」
「そ。頭に角引っ付けてる男なんて、あやしいだろ?」
言いながら、額の黒い角を指でツイッとなぞる。その仕草が可愛くて、私はおむすびを持ったまま笑った。
「……ん?」
しかし、そこで引っ掛かりを覚える。
「冬至さん。
ここってあやしいひと達のためのお店なんですか?」
「うん。大江山だけじゃなくて、テッペン横丁そのものが、あやしいひと達のための商店会だよ。」
思わず、食べかけのおむすびをお皿に落っことしてしまう。自分が今とんでもない場所にいることに気付いてしまったからだ。
せっかく回ったほろ酔いも一気に覚めていく。
「…あ、あの、私急に仕事を思い出して…、」
お財布を取り出そうとした私の手が、カウンターを乗り越えた大きな手に掴んで止められた。
その手の主は、冬至さん以外にいない。
「……と、とうじさ……?」
「月見さんは、静かに食事続けてて。」
低い囁き声。冬至さんの視線は私ではなく、お店の出入り口へと注がれている。
約3秒後、閉じられていた引き戸が勢いよく開かれた。