「ほらほら。先ほど希道様もおしゃっていましたでしょ? 綾目様を娶ると」
「え。ええ」

 不快感に、つい眉をひそめる。

「ええ、ええ。綾目様がそれを喜んでおられないのは、私もわかっておりますからね。あのお方、綾目様が自分を慕うようにする自信でもおありなんでしょうかねぇ」

〝慕っている〟という条件は、絶対に外せないらしい。もちろん、私が希道様を慕うなど、あり得ないだろう。

「希道様も、今は大きな力をお持ちです。ですが、それだってこの先どうなるかはわかりません」

 イチさんの言う通りだ。今は栄えていたとしても、先の保証などありはしない。

「ですからあの方は、綾目様を娶ってやろうなどと言い出したのです。少しも慕われていなければ、意味がないというのに」

 イチさんの言葉に、大げさなほど首を縦に振った。

 ただ、ひと言で〝慕う〟といっても、それはどういう感情でもよいのだろうか。家族愛や敬愛のような気持ちでもいいのか、それとも……。
 視線を彷徨わせる私を、イチさんがじっと見つめる。ついチラリとそちらを見ると、彼女の糸目とばっちり視線が合ってしまった。

「その点、綾目様は佳月様を大変慕っておいでです。ええ、ええ。私はわかっておりますよ。自身を犠牲にしていいと思うほど、綾目様が佳月様に思いを寄せておいでだと」
「なっ」

 私が彼に恋愛的な意味で思いを寄せていると、明らかにされている気がする。

「まあまあ。お顔がりんごのようで、おかわいらしい」

 くすくす笑うイチさんに、きっと悪気はないのだろう。けれど、佳月様の目の前でそれを指摘された私としては、たまったものではない。頬はますます熱くなり、握りしめていた手のひらにじんわりと汗が滲んできた。

「イ、イチさん」

 慌てて彼女を止めようとするが、イチさんはおかまいなしだ。

「佳月様、佳月様。綾目様なら、十分のその資格を満たしておりますよ」

 恥ずかしくて、両手で顔を覆った。佳月様の反応など、怖くて直視できそうにない。

「イチ」

 ため息交じりの声に、ピクリと肩が揺れる。やっぱり、私なんかを娶るのは、迷惑でしかないのだろう。

「も、もう、いいですから」

 佳月様の拒絶の言葉を聞きたくなくて、口を挟む。

「わ、私、下沢村へ行くのは本望です。ま、毎日、ちゃんとお参りに行きますから」

 頼むから、これ以上なにも言わないでほしい。突き放す言葉を言われるくらいなら、ここを逃げ出したくなる。

「ほらほら。佳月様がそんなんですから、綾目様が自棄を起こしてしまいますよ」
「イチ、もう黙ってくれないか」

 佳月様の苛立ちに、ますます身を縮こませた。

「席を外してくれ。綾目と話がしたい」
「はい、かしこまりました!」

 出ていくように言われたのに、イチさんはずいぶんと機嫌がよい。「ちょっと失礼しますね」と朗らかに言いながら、スキップでもするような勢いで部屋を出て行ってしまった。