ああ。我が家はもう、ここでは生きていけないだろう。こんな対立を起こしてしまえば、この先村八分にされるのが目に見えている。

 それでなにが困るのかと言われても、正直、他者とあまり関わりたくない私としては、なにもないと言ってしまいそうだ。

 ただ飲み食いするだけの寄合に、たまの清掃活動。参加しなければ、我が家の周辺だけはなにかと放置されるだろうが、面倒な人付き合いをなくす代償としてはずいぶん軽いものだ。

 役場で働く夫は、肩身の狭い思いをするだろう。そうして、これまで私が苦しめられてきた一旦でも味わえばいい。

「そもそも、綾目は実子じゃない。そこまでの責任は負えない」
「生贄の候補に名乗りをあげたのは、そっちじゃないか」

 堂々巡りの罵り合いに、嫌気がさしてくる。
 さっきから女性たちは一塊になって、忌々しげに私を睨みつけてくる。悪いのはすべて〝梶原家〟であって、ほかの村人は犠牲者なのだ。そんな主張が、言葉にせずとも伝わってきた。

「あなた」

 つっと、夫の服を引っ張った。

「帰りましょう」

 このままでは、互いの感情が昂ってますます収拾がつかなくなるだけだ。

「うるさい! だいたい、お前が綾目を見張っておかないからこんなことになるんだ」

 つまり、私にも夜通しここいるべきだったというのか。夫の心のない言葉など、もうすっかり慣れ切ってしまったと思っていたが、そうではなかったらしい。胸がズキリと痛み、掴んでいた手を離した。

「なんであいつを見張っておかなかったんだ」

 ここで私を悪者にすることで、夫は自分のせいではないと主張したいのだろう。

 下沢村の人間は、いつだって他人のせいにする。天候に恵まれないのは龍神のせい。生贄が消えたのは梶原家のせい。そして、見張っていなかった私のせい。ここに私の味方などひとりもいない。

 今になってようやく、綾目の気持ちが少しだけ理解できた。周囲は敵ばかりの中、あの子はどれほど心細い思いをしていただろうか。
 かわいそうだったとは思う。けれど、自分でなくてよかったというのも本音だ。

「すみません」

 いつものように、謝罪の言葉を口にした。きっと夫は、それでも私をなじるのだろう。

「これ以上、迷惑はかけられませんので、出ていきます」

 口を挟む隙を与えないままそう言い捨てて、急いで自宅に引き返した。

 その後、神社でどんなやりとりがあったのかは知らない。身の回りのものと少しの現金を手にすると、振り返ることなく梶原家を後にした。

 心の拠り所だった子どもたちも、反抗期に入って以来、父親と同じようにどこか私を見下してきた。家事は私がやって当たり前だと、手伝いをしたためしがないくせに、なにか過不足があれば私だけを責める。

 あの子たちに軽んじられている事実が辛く、目を背け続けてきたけれど、もうそれもしまいにしよう。大切な子どもたちだったが、それ以上に自分の方が大事だ。あの子らも、ここで父親と共に苦しめばいい。ついでに、若い頃に散々私をいびった義母も。

 このまま、一旦兄さんの家でお世話になろう。たしか、妻である義姉さんが病気で入院していると言っていた。おそらく、女手が足りなくて困っているはずだ。家事を手伝いながら、仕事や私が受けられる公的なサービスを探せば、なんとか独り立ちできるかもしれない。

 積もった雪に朝日が反射して、キラキラと輝く様を見つめながら、村を出るバスに乗り込んだ。