目の前に広がる庭は、和風のようでいてそうでない部分もある。敷地の内外の区別はないらしく、どこまでを庭と言っていいのかわかりづらいが、自然そのままの雰囲気は見ているだけでほっとする。

 向かって左側には、たくさんの花が咲いている。お店で売られているような王道の種類ではなく、あぜ道に咲く素朴な種類ばかりだ。
 それから、奥の方には実のなる木も植えられている。季節に左右される空間ではないようで、花も実も種類を変えながら常に目を楽しませてくれるとイチさんが教えてくれた。
 今は柑橘類がなっているようだ。食事を必要としないというが、イチさんによれば、ここでなっているものをお菓子として出すこともあるらしい。

 まったく統一性はないのに、長閑なこの庭をひと目で好きになった。

「ささ、どうぞどうぞ」

 とにかく気の利くイチさんが、おしゃべりのお供に温かいお茶を淹れてくれた。

「ありがとうございます」
「いえいえ。それで、佳月様と私の話でしたね」

 お世話になっているのに、まだ佳月様には会えていない。イチさんの発する言葉の端々から、どうやら少し気難しく、それでも心優しい方なのだろうと想像している。

「あれは、もう何百年前になりますかね」

 思わぬ単位に、ついギョッとする。

「あらあら、驚かせてしまいましたね。ええ、ええ。私ども常世の存在は、人間とは時の流れが異なっておりましてね」
「そ、そうなんですね」

 何度かそんな話を聞いていたが、実感がないせいでいまいちよくわからない。出だしで戸惑っていては先へ進めず、なんとか自分を納得させた。

「もともと私は、普通の狐だったんですよ。下沢村の山奥に暮らしていましてね」

 口を挟まないようにしながら、イチさんの話に耳を傾ける。

「あの頃の下沢村は、今よりも人が多くいましたねぇ。ええ、ええ。もちろん、都会のそれとは違いますよ。今以上にのんびちとしたころでした。村人の中には、狩猟を生業とする者もおりました。いえね。後で入ってきた鉄砲なんてものではないんですよ。こう、ぴっと矢なんかを放ってですね」

 ずいぶん原始的な暮らしのようだ。彼女の言う〝何百年〟という単位も、間違いではないのだろう。

「不注意で、撃たれてしまったんですよ」
「え?」

 軽い口調に似合わない話に、思わず声をあげた。

「大丈夫だったんですか?」

 目の前にいるイチさんが、私の知る狐とは異なる存在だということは、その時彼女は大変な事態になったのだろうと想像がつく。

「ご心配くださり、ありがとうございます。ええ、ええ。無事ではなかったですねぇ」

 お茶をすすりながら、「おほほ」と笑うイチさんをまじまじと見つめた。

「最後の力を振り絞って、なんとか逃げ回ったんですよ。それでたどり着いたのが、龍神様の祀られた神社でした」

 私の思い浮かべるあの神社と、イチさんの見たそれは、ずいぶん姿が違ったのかもしれない。