社殿の中は、畳敷きになっている。中にあるのは以前見た扉のついた棚のみで、ほかはなにも見当たらない。あれ以来掃除はされていないようで、わずかに埃っぽさを感じた。

 座布団のひとつもなく、仕方なく棚の正面に正座をした。それを見届けて、扉がぴっちりとしめられる。
 扉の上部が格子状になっており、唯一そこから外の様子がうかがえた。ただ、そのせいで外気が完全には遮断されず、中は想像以上の寒さだ。

 しばらくして、村人の去っていく気配が伝わってくる。灯りぐらい残しておいてもらえるかと思いきや、無情にも最後のひとりが消しながら帰っていく。

 格子から覗く空は雲に覆われ、月明かりはいっさい届かない。当然、社殿の中は真っ暗で、数センチ先の様子すら把握できなかった。
 体の震えが止まらないのは、寒さからか、それとも恐怖からだろうか。

 時間の感覚はまったくない。気休めにほかごとを考えよと試みたが、思考が霞みまとまりがなくなっていく。

 人がいなくなったのを見計らって、壁際に移動をしようと試みる。しかし、冷えた足は感覚がなく、立って歩くのも困難だった。かじかむ手を床につき、這うようにして部屋の隅に辿り着くと、壁にもたれて楽な姿勢をとる。

 斜め前方の扉の格子部分にもう一度目をやると、白いものが舞っているのが見えた。

「雪……」

 無事にひと晩を過ごせるのか、どんどん不安が募る。このままでは凍えて命が危ないかもしれない。でも、どうせ逃げ出しても行くあてなどないというあきらめが、私に行動を起こさせない。

 両親のもとへ行けるのなら、それでいいのかもしれない。

 そっと目を閉じれば、瞼の裏に親子三人の楽しかった思い出の場面が次々と浮かんできた。

 運転が好きな父は、休日にいろいろな所へ連れ出してくれた。料理好きな母は、そんなときにお弁当を用意する。
 仲のよい両親にたっぷり愛された自分は、それが当然だと思っていた。まさか突然失われるなんて考えたこともない。

 自身の境遇を嘆いても、親戚らの対応には感謝したい。多少の理不尽があったとしても、他人の子を預かる側にすれば当たり前の心理だ。長くとどまらせてはもらえなかったが、それでも無責任に放り出しはせず、次の行き先を見繕ってくれた。

「あ、りが、とう」

 頬を伝う涙を拭う力はなく、そのまますっと意識を手放していった。