驚いて目を瞬くと、ガラガラと格子戸の引かれる音がして、誰かが軒先に暖簾をかけて、すぐに戸の奥へと引っ込んでいく。
(もしかして、今から開店?)
人の気配を感じるのは、暖簾がかかったその建物だけ。
何かの店がオープンしたようだが、通りの近くには董子のほかに誰もいない。レトロな雰囲気の通りで営業を始めた一軒の店が何なのか、とても気になる。
(少し覗いてみるだけ……)
ゆらり。
橙色の街灯に導かれるように、石畳の通りに足を踏み入れる。
通りでこれから開店するのは、どうやら先ほど暖簾がかけられた一軒だけらしい。
その店は通りに並ぶどの家屋よりも古そうで、格子造りの塀や扉の色も経年変化で黒っぽくなっていた。
店の入り口の横には竹細工の行燈が置かれていて、その光が董子を中へと誘うように柔らかく揺れる。
扉の前に下げられた茅色の半暖簾には「おもひで食堂」と店名が記してあった。