「少し見て行こうかな」
誰に言うでもなくつぶやいて、董子はヒールの低い黒のパンプスのつま先をコツリと、通りのほうへ向けた。
レトロな街灯の暖かな橙の光に導かれるように一歩二歩と進んで行くと、通りの入り口に背の低い石柱が建てられていた。
《宵風通》
それが、この通りの呼び名なのだろう。もう随分と昔に彫られたようだが、石柱にはそんな文字が印されている。
秋の夜風に導かれてこの通りに気付いた董子は、なんだか不思議な縁を感じた。
けれど古い街並みの続く夜の宵風通りは、しんと静かで。歩く人の姿は見えない。
灯るのは橙の街灯だけで、建物の中には誰もいないのか暗くひっそりとしている。
夜に来る場所ではないのかもしれない。
董子が立ち去ろうと一歩動きかけたとき、不意に、通りの中ほどで、パッと眩い光が灯った。