「縁様……」
小言を続けようとしていた迅烏は、店主の菫色の瞳で真っ直ぐにじっと見下ろされ、一歩身を引いた。
「申し訳ありません。口が過ぎました……」
「いや」
店主は首を横に振ると、目を伏せてしょんぼりとする迅烏の頭をさらりと撫でた。
「お前が心配してくれているのはわかっている。それに、この頃はもう、かつてと同じ想いであの子を待っているわけじゃない」
「では、どうして……」
上目遣いに見上げてくる迅烏に、店主はゆるりと微笑みかける。
「俺やこの店は、人の心の隙間に引き寄せられる。この千年のあいだ、一度も俺に引き寄せられなかったということは、あの子はきっと現世で幸せに暮らしているんだ。心に隙間など生まれないくらい。だから、このままでいい」
そう語りながら、どこか遠くを見つめているような店主の優しい眼差しに、迅烏は切ない気持ちになった。
人の心を読み、人の心に生まれた隙間に引き寄せられる力を持つおもひで食堂の店主は、現世と幽世の狭間で想い人を待ちながら、もう何千年も出会えぬままでいる。