「そういえばね、お父さん。今住んでいる家の近くに、お母さんが作るのとそっくりそのままの肉じゃがと豚汁を出してくれる店を見つけたんだ」
菫色の瞳をした店主の美しい顔と、ひさしぶりに食べたなつかしい母の味を思い出しながら董子が言うと、父が「え?」と少しオーバーに反応した。
「皮を剥いただけのじゃがいもをそのまま鍋に突っ込んで煮込むような、そんなおおざっぱな料理を出す店なんてないだろう」
電話の向こうから聞こえる父の呆れたような笑い声に、董子の胸がきゅっと詰まる。
母が亡くなってから、どんな形にしろ、父が笑う声を聞いたのは初めてかもしれない。
「それがあるんだよ。作務衣の店主が、ものすごくイケメンでね。白紙のメニューの前で目をつむって注文したら、何でも作ってくれるの。ただ、『お客様の思い出の味』に限るんだけど」
「なんだ、それは。怪しいな」
「私は最初は怪しいって思ったんだけど、ほんとうに見た目も味もお母さんの料理そっくりそのままのものが出てきたの。今度、お父さんも一緒に行こうよ」
「一緒に、か……」
董子の誘いに、父が一瞬言葉を詰まらせる。
「うん、一緒に」
父が鼻を啜る音が聞こえてきて、董子はふふっと笑ってしまう。
(明日出勤したら、白根さんにも思ってること、わからないことをはっきり言おう。)
夜空に浮かぶ八日月にひそかな誓いを立てる。
父と話しながら笑う董子の頬を、秋の夜風がすっと掠めていった。