「お父さん、来週は金曜日の夜から帰るよ」
董子が言うと、父が一拍ほど置いてから、「仕事は大丈夫なのか?」と問いかけてきた。
母がいなくなってから、董子が泊まりで実家に帰ったことはない。だから、父も驚いたのだろう。
「うん、今の仕事は基本的に定時であがれるからね」
ははっと何の気なしに笑うと、電話の向こうで父が無言になる。
「無理はしないでいいからな」
しばらく待っていると、父の少ししわがれた低い声が返ってきた。
「無理じゃないよ」
そういえば、母が亡くなる数日前にも、似たような会話をしたような気がする。
『無理はしないでね』
そんな母の言葉に、董子はどれほど甘やかされてきたのだろう。
でも、人の優しい言葉に流されて甘えているばかりではだめなのだ。
董子の意志で董子の行動を変えなければ。母が亡くした父と董子の関係も。今の職場での現状も。