董子がレトロな雰囲気の宵風通りを川沿いに向かって抜け出ると、カバンの中でスマホが鳴った。父からの電話だ。
「もしもし、お父さん?」
「ああ、董子。来週のお母さんの一周忌のことで電話したんだが、今大丈夫か?」
「うん」
父の声を聞くのは、何ヶ月かぶりだ。
母を亡くしてからひとりで暮らしている父のことは気になるが、董子は法事のとき以外で実家に帰っていない。
「欠席予定だった永見のおじさんとおばさんも来られることになったから、頼んでいた仕出しを追加しようと思って――」
来週の日曜日は、母の一周忌の法事がある。
父の話を聞きながら、董子はいつのまにか随分と西へと移動している八日月をぼんやりと見上げた。
母が亡くなってから、父は董子に必要最低限の連絡しかしてこなくなった。
母がいたときは、家族でグループを作っていたラインにときどき父からの近況報告が届いていたが、最近はそれもない。董子からも、事務的なことしか連絡しない。
おそらく父には、自分の至らなさのせいで母が死んでしまったという董子に対する後ろめたさがあるのだろう。
母が亡くなった日に家に帰らなかった董子にしてみてもそれは同じで。母がいることでうまく成り立っていた父と董子の親子関係は、ほんの少しぎくしゃくとしていた。
けれど、今の関係を続けていけば、董子は父を亡くしたときにまた後悔するのかもしれない。