「過去に起きてしまったことや亡くなった方の運命は、どうにもできません。けれど、あなたの存在する意味や今の状況は、あなたの行動でいくらでも変えられるはずですよ」
時間差で伝えられた店主からの慰めの言葉に、董子の頬が熱くなる。
なぜ店主が今のタイミングでそんなことを言ってきたのかはわからないが、ありきたりでもいいから欲しいと思っていた慰めの言葉が、味付けの濃い母の肉じゃがみたいに、あとからじわじわ沁みてきた。
赤の他人でしかないはずの店主の料理と言葉に、母を亡くしてから重たかった董子の心がほんの少し救われたような気がするのはなぜだろう。
「ありがとうございます。また、食べに来てもいいですか?」
「はい。あなたが思い出の味を心から望む、そのときに――」
董子がお金を払って立ち上がると、店主はゆるやかに微笑みながら妙なことを口にした。
普通は、「またいつでもお越しください」と客を見送るものではないのだろうか。
メニューが白紙で、『お客様の思い出の味』を提供するというこのイケメン店主には、そもそも商売っ気がないのかもしれない。
ふっと笑うと、董子は格子戸をガラリと引いて、茅色の半暖簾をくぐって店を出た。