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「電話でも、お葬式の日も、父は『ごめんな、ごめんな』って、泣きながら謝ってくれました。自分が母を置いて先に寝なければ。夜中に母が寝室にいないことに気付いていれば。もっと早くに病院で検査を受けれいれば……。母は助かったかもしれない。そんなふうに、父は自分を責めていました。だけど――、父のせいなんかじゃないんです。私も……、帰る直前で約束を破ったから」
思い出の料理の前で続ける董子の懺悔を、店主はひとことも口を挟まずに静かに聞いていた。
「母が亡くなった日、家に帰ったら、タッパーに移し替えられた肉じゃがと豚汁が鍋ごと冷蔵庫に入れてありました。それを温めて父と一緒に食べながら、私は涙が止まりませんでした。父は、私が母を失くした悲しみで泣いていると思っていたかもしれません。もちろん、それもあるけど……。恋人からの誘いに流されて母との約束を蔑ろにした自分に腹が立って、情けなくて。母の死をきっかけに、恋人とは別れました。だけど……」
董子と恋人の関係は、少し前から彼の奥さんに勘付かれていたらしい。
母を亡くし、恋人と別れて一ヶ月が過ぎた頃、董子の働く店にメールでクレームが入った。
《既婚者を誘惑するような接客をする店員は辞めさせてください》
最初はいたずらかと思って店長も見過ごしていたようだが、無視していると、次は董子を名指ししたクレームのメールが届くようになった。それは本社にも届くようになり、董子は事実確認と共に別の店舗の異動を打診された。
母を亡くしてまだ立ち直りきれていなかった董子にとって、名指しのクレームや異動の打診はかなりきつかった。
働いていたブランドの服も店での接客も好きだったが、店舗異動をしても、董子が受けたクレームについては少なからずスタッフ間でウワサになるだろうし、働きづらくもなるだろう。迷った末に、董子は仕事を辞めて家も引っ越した。
だが、前職と関係のない業種に転職しても、仕事は楽しくない。人間関係もうまくいかない。
母を失い、父に自責の念を植え付け、付き合っていた人の家族も傷付けた。