「永見さんの転職の条件は、前職とは違った職種に就くことですよね。こちらの会社でのお仕事は、新しいことに挑戦したいと思われている永見さんにぴったりだと思います」

 そのときも、人材紹介会社の担当者の爽やかな笑顔と肯定的な言葉に流された。

 担当してくれた彼は董子の転職活動を親身になってサポートしてくれたし、なによりも、董子好みの薄顔のイケメンだった。

「じゃあ、その会社受けてみます」

 担当キャリアコンサルタントに左手に光る指輪を横目に見つつ、最終的に董子は彼に勧められるままに頷いた。

 けれど、あとになって思えば思うほど、あのときの董子は浅はかだった。

 担当キャリアコンサルタントのサポートもあって面接から内定までの流れはスムーズに進んだが、いざ入社すると、そこには事前に聞いていた話と少し相違があった。

 董子が入った会社は小規模で社員数もあまり多くなく、事務所に勤める社員たちの顔が一同に見えるような、ある意味でアットホームな職場に違いなかった。

 だが、規模の小さな会社ゆえに部署間ではっきりした分業ができておらず、経理課に配属された董子は、本来の事務作業以外にもいろいろな雑務を頼まれた。

 新人の董子の教育担当になったのは、白根(しらね)さんという四十代半ばの女性社員で。董子が挨拶してもにこりとも笑わない、少し神経質そうな人だった。

 勤務歴が二十年近くになるという白根さんは、アパレル店員だったときから通っているお気に入りのサロンで施術してもらったネイルで初出勤した董子の手元を、なんだか冷たい目で見てきた。

 気が合いそうにないな、と思ったのは董子だけでなく白根さんのほうも同じだったようで。「これ、マニュアルなので」と、書類の挟まった分厚いファイルを初日に董子に手渡しただけで、業務を進めるうえでの細かなことはほとんど何も教えてくれなかった。