そのあとはもう、落ちていくばかりだった。

 恋人に会えるのは、月に数回。公の場で堂々とデートすることはほとんどなく、董子の家や待ち合わせしたホテルの部屋でこっそりと会う。

 親しい人にすら話すことのできない恋人との関係にもどかしさを感じることは多かったし、顔も知らない彼の奥さんに対して後ろめたさもある。

 約束を破られたり会えない時間が続けば、恋人との関係を精算しなければという気持ちになるのに、彼から誘われたり会ってしまうと、やはり離れ難い気持ちになる。

 恋人にとっての第一優先が董子ではないことは、わかっている。

 けれど、会っている数時間は、彼がほんとうに愛しているのは董子かもしれないと錯覚させられてしまうから。わかっているのに、期待してしまう。

 もしかしたら、いつか董子が恋人にとっての一番になれる日がくるかもしれない。そんなふうに期待して、裏切られて、また期待して――。

 董子の心の中には虚しさと罪悪感ばかりが、少しずつ募っていくのだ。

 今夜も、会いに来てはくれない恋人を想いながら、董子は二杯目のワインを勢いよく煽った。切なさに詰まる喉が熱くなり、頭がクラクラとする。

 自棄になって三杯目のワインを飲もうとしていると、スマホにメッセージが届いた。

 一瞬、彼からかと期待した董子だったが、メッセージの相手は母だった。

《了解しました。せっかく、肉じゃがと豚汁作ったのに……》

 そんなメッセージとともに送られてきたのは、怒った顔のスタンプと鍋いっぱいに作った肉じゃがの写真だ。

 帰れなくなったという董子からのメッセージに、母は今頃気が付いたらしい。

「こんなことなら、帰ればよかった……」

 皮を剥いただけのじゃがいもがごろごろ入った肉じゃがの写真を見つめて、ぼそりとつぶやく。

 母の写真からは、リアルに香りまでもが伝わってくるような気がして。ぐぅーっとお腹が鳴った。

 どうして、約束を守ってくれない恋人からのメッセージに流されてしまったのだろう。

 彼からの誘いをきっぱりと断っていれば、董子は今頃実家で母の料理を食べて、馴染みのある自室のベッドで穏やかに眠りにつけたはずなのに。後悔しても、もう遅い。