帰ると言って、夕飯のリクエストまでした母に対して少し罪悪感がある。
この時間だと、母はもう董子の分を含めた夕飯の支度を始めていただろう。だから、董子は嘘をついた。
《ごめん。仕事が長引いて今日は帰れなくなった。明日の朝、お母さんが病院に行くまでに帰るね》
母に送ったメッセージはすぐには既読にならない。そのことに少しほっとしつつ、スマホをカバンにしまう。それから、恋人を迎え入れる準備をするために家路を急いだ。
董子の働く店から家までは、電車と徒歩を入れて30分圏内だ。
董子は住んでいる街の駅前の高級スーパーに立ち寄ると、そこで恋人の好きなワインとチーズとクラッカー。それから、お酒に合いそうなお惣菜をいくつか買った。
買い物を済ませてうちに帰ると、リビングに散らかしてあった服を片付けて、サッと掃除機をかける。
買ってきた惣菜やおつまみをお皿に盛り付けたあとは、テレビを見ながら恋人の到着を待っていた董子だったが……。仕事終わりに「会いにくる」と約束した恋人は、いくら待ってもやってこない。
(さすがに遅すぎない……?)
22時を回っても姿を見せない恋人のことが心配になって、董子は念のために彼に連絡を入れた。
《今どこにいるの? 今日は来られない?》
董子が送ったメッセージは、すぐには既読にならない。
しばらくスマホの画面とにらめっこしていた董子だったが、やがて諦めて、裏向けにしてテーブルに置く。その後も数分置きにスマホを気にしていたが、恋人からの連絡はきそうもない。