「ご注文の方法はさほど難しくはありません。メニューを持ったら目を閉じて、頭の中でお食べになりたいものを思い浮かべてください。お決まりになりましたら、お料理のご注文を」

 店主が董子の前にメニューを立たせる。

(なんだか、変わった店だな……)

「食べたいものは決まりそうですか?」

 董子が真っ白なメニューを前に難しい顔をしていると、店主がゆるやかな笑みを浮かべながら訊ねてきた。

「ああ、えーっと……、はい」

「よろしければ、目を閉じてお料理のご注文を」

「あ、はい」

 店主の甘やかな笑顔に流されるままに目を閉じた董子だったが、実のところ、まだ店のシステムを理解しきれたわけではなかったし、食べたいものが頭に浮かんでいたわけでもなかった。

 他人の言葉に流されやすい董子は、昔から自分の意見を出すのが苦手だ。

 いくつか提示されたサンプルの中から好みのものを選んだり、組み合わせたりするのはいいけれど、何もないところに自分の意見や希望を出すのは難しい。

 そもそも、この店に足を踏み入れたのだって、秋の夜風にふわりと誘われて流されたから。

 董子の人生は、だいたいがそんなことばかりだった。

 進学も、転職も、恋愛も。唯一、董子が自分の意志で選んだのは、前職のアパレルブランドへの就職だけ。それも、董子が他人の言葉に流されたせいで続けられなくなってしまった。

 そんなふうに流されて失敗ばかりしてきた自分に、ほとほと嫌気が差していたはずなのに。

 董子は今もこうして、この店の店主らしい作務衣のイケメンの言葉に流されて、メニューを前に目を閉じている。