タタン、タタン。タタン、タタン。
軽快な音を立てながら流れていく、緑豊かな田園風景。
大きな荷物を足元に置いた遥は、電車の窓からのんびり眺めていた。
都内から路線を乗り継ぎ続けて三本目。
手にしたメモ書きによれば、これが最後の公共機関らしい。
一車両のみで運行している電車はレトロな造りで、今の乗客は遥のみだった。
細く開けられ窓からは細い風が流れ入って、遥の頬を優しく撫でる。
『あいつの家は、代々村一の能力者が生まれる家系だったらしい』
じわりと脳裏によぎったのは、先ほど拝ミ座で聞いた和泉の話だった。
『だが、霊能力の生業が元であいつの家族が亡くなった。一人になったあいつは村を出て、縁戚の元で育てられた』
『そう、だったんですか。葉月さんが……』
それでも、この盆時期には決まって村に帰っていた。
その地に生まれた霊能力者としてのお役目を果たすために。
『お役目というのは、いったい何なんでしょうか』
『あいつの村では毎年この時期に、冥道につながる穴が開く。それを探り当て、悪霊の侵入を防ぐため夜長寝ずの番をする。そして何より』
その役目を果たしたあとのあいつは、いつも決まって酷い顔をして帰ってくる。
うっかり自分の魂を置いてきたんじゃねえかと思うほどのな。
「雅さん……」
呟いた名前は、電車が駆けていく音に紛れ霧散する。
届くわけではないが、それでも呟かずにはいられなかった。
私に何かできるのだろうか。雅の役に立てるだろうか。
でも、和泉に問われたときに咄嗟に口に出たのだ。
「行きます」と。
「暑いなあ」
さわさわと涼しげな森のなびきと裏腹に、電車に差し込む日差しはまだまだ強さを緩めない。
電車内に、間もなく停まる駅名がのんびりと響いた。
「わあ……」
駅から降りてしばらく歩いた遥は、次第に目にとまるようになってきた人と村の風景に声を漏らした。
大きな山に囲まれた盆地に作られた村は、周囲を取り巻く木々はもとより村の至る所にも溢れんばかりの自然が寄り添っている。
家屋も商店も夜話から名風合いの木造が主で、初対面の遥の訪問も快く歓迎してくれる温かさが感じられた。
「あらあ、お嬢さんもしかして一人旅の方?」
「もしかして電車でわざわざ来たの? 疲れたでしょう。ああ、ほら。このお茶今キンキンに冷えてるから! 飲んでいって! お代はいいからいいから!」
「わ、あ、ありがとうございます……!」
商店前に立っていたエプロン姿の女性から、紙コップに注がれたお茶を有り難くいただく。
「わ……美味しい。とてもとても美味しいです!」
この一帯は水源に恵まれているらしく、生活水のほとんどが山の湧き水でまかなえているらしい。
あまりに遥が絶賛するので、気をよくした女性に色々と話を聞くことができた。
「へえ! じゃあお嬢さん、あの御護守のお坊ちゃんのご友人なの!?」
会話の流れで口にした雅の名に、女性はひときわ大きな声を上げた。
「は、はい。おばさん、雅さんのことをご存じなんですね」
「この村で御護守のご家族を知らないものなんていないわよー! #高御堂__たかみどう__#家と並んで、この村を長く支えていらっしゃる家系なんだから!」
高御堂家。
もしかして、雅の幼なじみのことだろうか。
それにしても、雅はこの村の人にとても好かれているようだ。
その後も続いた女性との会話にはらむ好意に、遥も自然と顔が綻んた。
「御護守のお坊ちゃんなら、きっと高御堂家の邸宅にお泊まりのはずよ。お嬢さんも、道中お気を付けてね!」
「はい。ありがとうございました!」
快活な笑顔で手を振る女性に別れを告げ、遥は再び歩き出す。
その後も目につく人々の表情と広がる自然豊かな町並み。
さらりと髪を流していく清かな夏風にさえ、遥は胸がじんと満たされる心地がした。
「雅さんは、こんな素敵なところで育ったんだな……、あれ?」
民家が少し途切れた先の道で、遥は足を止めた。
視線を向けた先は、道にせり出しそうになるような深緑の木々がある。
しかしその並びにほんの僅かに、細い細い獣道が伸びていた。
最初は気のせいかと思われたそのあぜ道が、凝視するうちに不思議とはっきりと明確な道になっていく。
あれ、なんだろう。
目が、離せなく──。
「それ以上見つめるな。意識を囚われるぞ」
そんな妙な錯覚に陥っていく遥に、ふと何者かの声がかかる。
はっと我に返った遥の首元に、素早く何かが這い動く心地がした。
「ひゃっ、わっ、あ……あなたは……!」
「お主、そのお人好しな性分も相変わらずのようだな」
至近距離から告げられた無愛想な言葉とともに、にゃう、と愛らしい声が続く。
遥の首元に巻き付くように降り立ったのは、白黒のブチ模様の猫だった。
二股の尾をなびかせたその首元には、以前にはなかった金色の鈴が付けられている。
以前雅が用いていたものとよく似た鈴だ。
「どうやらわらわを視認できているようだな。この鈴に掛けられた術の効果か」
「もしかして、ぶーちゃんさんですか?」
「覚えていたか。殊勝なおなごだな」
「何か妙な呼び名になっているが、まあいいだろう」と付け加えた猫又に、遥はぱあっと表情を明るくする。
以前の依頼で出逢った、猫又のぶーちゃんだ。
確か雅からは、あの事件で起こしてしまった事件を踏まえ、しかるべきところで指導を受けることになる聞いていた。
「でも、どうしてぶーちゃんさんがここに? まさか、刑務所から脱走したなんてことは……」
「馬鹿かお主は。自らの罪を償うは当然のこと。ゆめゆめ脱走などという情けない行為をわらわが選ぶわけあるまい」
猫又が語ることには、雅の言う「しかるべき場所」がこの村にあるのだという。
全国各地にも似た場所があるそうだが、中でも随一の収容数を誇るのが古くから霊能の村とされるこの村なのだ。
「わあ。じゃあ、もう無事に刑期を終えられたんですね?」
「刑期……いやいい。正確には解放までの段階が変わった。とある人間から、お主の道案内をするよう命じられたのだ」
「とある人間、ですか」
それはもしかしたら、雅のことだろうか。
わかりやすく不本意そうに告げた猫又が、丸い瞳を遥に向ける。
「この村であまり右往左往するな。ただでさえ今は盆の時期。お主のような者はあやかしや霊どもにも狙われやすい」
「わかりました。ご忠告ありがとうございます、ぶーちゃんさん」
「わかればよい。では道草せずに行くぞ」
どうやら猫又には、遥の目的地も不思議と筒抜けらしい。
再び見えてきた人家の並びに、徐々に人の姿を目立ってくる。
そして通りの向こうを通せんぼするように佇むのは、目を見張るほどの日本家屋の大豪邸だった。
いや。
下手をすると小さなお城のようにも見えてくる。
まさか。
いやまさか。
近づいていくごとに、頭の中でその言葉が繰り返される。
そして予想に違わず、その門前で猫又の歩みは止まった。
「え、ええっと。ぶーちゃんさん、この建物がええっと……?」
「おーおー。意外と早かったなあ、拝ミ座のお嬢ちゃん」
軽快な音を立てながら流れていく、緑豊かな田園風景。
大きな荷物を足元に置いた遥は、電車の窓からのんびり眺めていた。
都内から路線を乗り継ぎ続けて三本目。
手にしたメモ書きによれば、これが最後の公共機関らしい。
一車両のみで運行している電車はレトロな造りで、今の乗客は遥のみだった。
細く開けられ窓からは細い風が流れ入って、遥の頬を優しく撫でる。
『あいつの家は、代々村一の能力者が生まれる家系だったらしい』
じわりと脳裏によぎったのは、先ほど拝ミ座で聞いた和泉の話だった。
『だが、霊能力の生業が元であいつの家族が亡くなった。一人になったあいつは村を出て、縁戚の元で育てられた』
『そう、だったんですか。葉月さんが……』
それでも、この盆時期には決まって村に帰っていた。
その地に生まれた霊能力者としてのお役目を果たすために。
『お役目というのは、いったい何なんでしょうか』
『あいつの村では毎年この時期に、冥道につながる穴が開く。それを探り当て、悪霊の侵入を防ぐため夜長寝ずの番をする。そして何より』
その役目を果たしたあとのあいつは、いつも決まって酷い顔をして帰ってくる。
うっかり自分の魂を置いてきたんじゃねえかと思うほどのな。
「雅さん……」
呟いた名前は、電車が駆けていく音に紛れ霧散する。
届くわけではないが、それでも呟かずにはいられなかった。
私に何かできるのだろうか。雅の役に立てるだろうか。
でも、和泉に問われたときに咄嗟に口に出たのだ。
「行きます」と。
「暑いなあ」
さわさわと涼しげな森のなびきと裏腹に、電車に差し込む日差しはまだまだ強さを緩めない。
電車内に、間もなく停まる駅名がのんびりと響いた。
「わあ……」
駅から降りてしばらく歩いた遥は、次第に目にとまるようになってきた人と村の風景に声を漏らした。
大きな山に囲まれた盆地に作られた村は、周囲を取り巻く木々はもとより村の至る所にも溢れんばかりの自然が寄り添っている。
家屋も商店も夜話から名風合いの木造が主で、初対面の遥の訪問も快く歓迎してくれる温かさが感じられた。
「あらあ、お嬢さんもしかして一人旅の方?」
「もしかして電車でわざわざ来たの? 疲れたでしょう。ああ、ほら。このお茶今キンキンに冷えてるから! 飲んでいって! お代はいいからいいから!」
「わ、あ、ありがとうございます……!」
商店前に立っていたエプロン姿の女性から、紙コップに注がれたお茶を有り難くいただく。
「わ……美味しい。とてもとても美味しいです!」
この一帯は水源に恵まれているらしく、生活水のほとんどが山の湧き水でまかなえているらしい。
あまりに遥が絶賛するので、気をよくした女性に色々と話を聞くことができた。
「へえ! じゃあお嬢さん、あの御護守のお坊ちゃんのご友人なの!?」
会話の流れで口にした雅の名に、女性はひときわ大きな声を上げた。
「は、はい。おばさん、雅さんのことをご存じなんですね」
「この村で御護守のご家族を知らないものなんていないわよー! #高御堂__たかみどう__#家と並んで、この村を長く支えていらっしゃる家系なんだから!」
高御堂家。
もしかして、雅の幼なじみのことだろうか。
それにしても、雅はこの村の人にとても好かれているようだ。
その後も続いた女性との会話にはらむ好意に、遥も自然と顔が綻んた。
「御護守のお坊ちゃんなら、きっと高御堂家の邸宅にお泊まりのはずよ。お嬢さんも、道中お気を付けてね!」
「はい。ありがとうございました!」
快活な笑顔で手を振る女性に別れを告げ、遥は再び歩き出す。
その後も目につく人々の表情と広がる自然豊かな町並み。
さらりと髪を流していく清かな夏風にさえ、遥は胸がじんと満たされる心地がした。
「雅さんは、こんな素敵なところで育ったんだな……、あれ?」
民家が少し途切れた先の道で、遥は足を止めた。
視線を向けた先は、道にせり出しそうになるような深緑の木々がある。
しかしその並びにほんの僅かに、細い細い獣道が伸びていた。
最初は気のせいかと思われたそのあぜ道が、凝視するうちに不思議とはっきりと明確な道になっていく。
あれ、なんだろう。
目が、離せなく──。
「それ以上見つめるな。意識を囚われるぞ」
そんな妙な錯覚に陥っていく遥に、ふと何者かの声がかかる。
はっと我に返った遥の首元に、素早く何かが這い動く心地がした。
「ひゃっ、わっ、あ……あなたは……!」
「お主、そのお人好しな性分も相変わらずのようだな」
至近距離から告げられた無愛想な言葉とともに、にゃう、と愛らしい声が続く。
遥の首元に巻き付くように降り立ったのは、白黒のブチ模様の猫だった。
二股の尾をなびかせたその首元には、以前にはなかった金色の鈴が付けられている。
以前雅が用いていたものとよく似た鈴だ。
「どうやらわらわを視認できているようだな。この鈴に掛けられた術の効果か」
「もしかして、ぶーちゃんさんですか?」
「覚えていたか。殊勝なおなごだな」
「何か妙な呼び名になっているが、まあいいだろう」と付け加えた猫又に、遥はぱあっと表情を明るくする。
以前の依頼で出逢った、猫又のぶーちゃんだ。
確か雅からは、あの事件で起こしてしまった事件を踏まえ、しかるべきところで指導を受けることになる聞いていた。
「でも、どうしてぶーちゃんさんがここに? まさか、刑務所から脱走したなんてことは……」
「馬鹿かお主は。自らの罪を償うは当然のこと。ゆめゆめ脱走などという情けない行為をわらわが選ぶわけあるまい」
猫又が語ることには、雅の言う「しかるべき場所」がこの村にあるのだという。
全国各地にも似た場所があるそうだが、中でも随一の収容数を誇るのが古くから霊能の村とされるこの村なのだ。
「わあ。じゃあ、もう無事に刑期を終えられたんですね?」
「刑期……いやいい。正確には解放までの段階が変わった。とある人間から、お主の道案内をするよう命じられたのだ」
「とある人間、ですか」
それはもしかしたら、雅のことだろうか。
わかりやすく不本意そうに告げた猫又が、丸い瞳を遥に向ける。
「この村であまり右往左往するな。ただでさえ今は盆の時期。お主のような者はあやかしや霊どもにも狙われやすい」
「わかりました。ご忠告ありがとうございます、ぶーちゃんさん」
「わかればよい。では道草せずに行くぞ」
どうやら猫又には、遥の目的地も不思議と筒抜けらしい。
再び見えてきた人家の並びに、徐々に人の姿を目立ってくる。
そして通りの向こうを通せんぼするように佇むのは、目を見張るほどの日本家屋の大豪邸だった。
いや。
下手をすると小さなお城のようにも見えてくる。
まさか。
いやまさか。
近づいていくごとに、頭の中でその言葉が繰り返される。
そして予想に違わず、その門前で猫又の歩みは止まった。
「え、ええっと。ぶーちゃんさん、この建物がええっと……?」
「おーおー。意外と早かったなあ、拝ミ座のお嬢ちゃん」