「なるほどね。秀昭さんの幼なじみかあ」

 秀昭の帰宅後。

 別件から戻った雅と和泉とともに、遥は再び円卓を囲んでいた。

 外出時の和装姿からカジュアルな私服姿になった二人に、先ほどの話を過不足なく伝え終える。

「確かに、幼なじみなら頻繁に家に出入りしていても不思議じゃないよね。まるで本物の家族のようにともに育つこともある」
「もしかして雅さんにも、親しかった幼なじみがいらっしゃるんですか?」
「はは、いるいる。#葉月__はづき__#っていう、四六時中一緒につるんでた幼なじみがねえ」

 くすくす笑いながら、雅は夕方から夜に染まっていく空に顔を向ける。

 遠くを見つめる雅の瞳には、懐古の色が滲んでいた。

「俺の田舎は森と山に囲まれた村でね。同世代の子どもは大体兄弟みたいに暮らしていたんだよ。特に葉月は俺と同じ、霊視の持ち主だったから余計にね」
「えっ、そうなんですか?」

 雅の生まれ故郷の村には、そうした能力を持つ者が昔から多く生まれるのだという。

 そのため、古くから周囲の村からは「霊能の村」と知られ、怪異などの相談も多く寄せられていたらしい。

「葉月は同世代でも特に能力が高くてね。今は村の頭領として日々霊能のご相談に当たっているんだ」
「なるほど。それじゃあ、雅さんと同じですね」
「はは。俺はそういうしがらみからさっさと抜け出してきた、卑怯者だからなあ」
「え……」

 さらりと口に出た「卑怯者」の言葉に、遥は一瞬返答に窮する。

 まるで自分をそう評するのが至極当然というような、躊躇のない響きだった。

「そんな俺に、今もこうしてわざわざ世話を焼いてくれてるんだからねえ。本当、葉月はお人好しだよね」
「俺にとってはただのお節介だけどな。同郷でもない俺にもすぐに絡んでは兄貴風を吹かせてくる」
「あ、和泉さんも葉月さんに会ったことがあるんですね」
「あいつはことあるごとに雅に連絡を取ってくるからな。ここにも何度か現れたことがある」

 そうなのか、と遥は小さく頷く。

 幼い頃から雅とともにいた幼なじみ。
 ここで働いていれば、いつか顔を合わせることもあるかもしれない。

「そういえば、遥ちゃんの出身はどのあたりなの?」
「あ、私は生まれも育ちも都内なんです。なので故郷に帰るという感覚も少し薄いままで」

 社会人になると同時に一人暮らしを始めたが、実家は電車と徒歩で二十分の距離にある。

 何かあればすぐに駆けつけられる距離に加え、母とは定期的にメッセージのやりとりもしていた。

「そういえばもうすぐお盆の時期ですよね。雅さんも和泉さんも、田舎に帰る予定はあるんですか?」
「俺は実家に勘当されているからな。帰る田舎は特にない」
「えっ」

 淡々と答える和泉に、再び遥は固まってしまう。

 実家に勘当。
 和泉さんにそんな過去があっただなんて初耳だ。

 余計な話題を振ってしまったと、背中に冷たい汗が伝う。

「別に妙な気を遣わなくてもいい。俺は気にしていない」
「あ、は、はい。わかりました」
「はは。急に勘当なんてパワーワードを聞かされたら驚くのも無理はないよねえ」
「あ、いえ、そんなことは」

 けたけた笑う雅に、曖昧な笑みを浮かべる。

「ちなみに俺は、田舎には毎年帰ってるよ。お盆の時期には必ずね。だからその時期は、劇団拝ミ座も夏休みなんだ」
「今年も行くのか」

 短く問うたのは和泉だ。

 どこか強い意味を感じる声色に、遥は思わず目を見張った。

「うん。当然でしょ」
「……お前も大概強情だな」

 ため息交じりに告げる和泉の眼差しを、雅は笑顔で引き受ける。

 目にみえない様々な何かが行き交うのを肌で感じる。
 しかしそれは、安易に触れてはいけないものだ。

 雅たちとは古くからのお付き合いに思えたと秀昭は言った。
 でもそれは違う。
 自分と彼らとは、こんなにもはっきりとした線引きがある。

 二人がやがていつも通りのタイミングでお茶を喉に通す様子を、遥はただ見守ることしかできなかった。