思いがけない言葉に、私は目を丸くした。
 ユイ先輩が鉛筆画専門であるように、私の専門は水彩画だ。部活中も好んで水彩を用いるし、よほどのことがなければ油絵には手を出さない。

「私が水彩画好きって先輩が知っていたことに驚きです」

「そりゃあ……毎日のように隣で描いてればね。言っておくけど、美術部の部費管理してるの俺だよ。つまり、画材注文してるのも俺なの」

「あ、そっか。言われてみれば」

 水彩画に用いる水彩紙の在庫が切れたことは、一度もない。
 美術室に保管されている紙も素材も種類が豊富で、充実している印象にある。

「なるほど……。紙とか補充してくれてるの、先生だと思ってました」

 美術部の部員は、美術室にある画材を好きなだけ拝借が許可されている。
 その恩恵は意外と馬鹿にならない。毎日のように絵を描いていると、いくら画材があっても足りないし、私費でやりくりするには限界があるのだ。

「うち、ほとんど活動部員いないでしょ。だから、部費には多少余裕あってさ。俺と君が使う画材を中心に注文してるけど、俺は実質、鉛筆一本で事足りるし。小鳥遊さんも、もしなにか気になる画材があるなら、注文してあげるよ」

「ほわー。先輩、私の知らないところでちゃんと部長やってたんですね」

「えらいでしょ、俺」

 ユイ先輩は基本的に、絵を描く行為以外に関心がない。
 さらに、一度描き上げてしまえば、自分の絵でさえも興味を失う。それどころか、自分がなにを描いたのかすら覚えていないことも多いくらいだ。
 そんな先輩が、私の得意分野が水彩で、しかも好んで水を描いていることを知っていてくれたなんて。なんだか、とても胸の奥がこそばゆい。

「あの、でも……先輩はあんまり描きませんよね? 水とか」

 そわそわとする気持ちを誤魔化すように、話の方向性を変えてみる。

「ん、そうだね。俺はどちらかというと、日常的な風景とか、自然……とりわけ緑を描くことが多いから。水を絵に取り込むこともあるけど、相対的には少ないかな」

「ああ、たしかに。先輩の絵って、モノクロなのに緑が緑に見えるから不思議なんですよね。色の濃淡だけで木々を表現するのって、すごく難しいのに」

「まあでも、俺は人や動物は描かないし。メインに据えるものが生物でないぶん、むしろ表現域は広いと思ってるけどね」