◆
「バイバイ、千翔君」
宮本は涙を浮かべながら笑い、そのまま蝶に導かれながら、消えていった。
夜の帳が完全に下りて、僕一人になる。
知らなかった。
僕のことを、あんなにも必要としてくれていた人がいたなんて。
僕は、なんて愚かなんだろう。
「答えは見つかったかい、少年」
宮本の周りを飛んでいた蝶が、人の姿になる。
僕と同じくらいか、少し年上くらいの女性だ。
初めは彼女に少年と呼ばれることに違和感を抱いていたが、慣れてしまった今では、そんなことどうでもよかった。
「……わかりません」
僕は、生きることに疲れてしまっていた。
たくさんの人と関わりたくて、いろいろなことをしてきたことが裏目に出て、いつの間にか僕の周りには敵が増えていた。
気付かないうちに、僕は嫌われたらしかった。
それでも人と関わることをやめられなくて、信頼を取り戻そうとしていたけれど、僕は信頼なんてものは築けていなかったらしかった。
それに気付いてから、すべてがどうでもよくなった。
馬鹿らしくなった。
そして、人と関わることをやめてしまうと、生きる意味すら失ってしまったような気がして、僕は生きることをやめるという選択肢をとった。
しかし上手くいかなかったようで、生きているのか死んでいるのかわからない、曖昧な存在になってしまった。
彼女と会ったのも、そんなときだった。
『少年はまだ死ねない。だが、少年自身が生きたいと思わなければ、身体には戻れない』
なかなか残酷なことを言う人だと思った。
生きたくないからこんなことになっているのに、死なせてもくれないなんて。
『だったら、僕はずっとこのままってことですね』
彼女はため息をつくばかりで、教えてくれなかった。
『少年はもっと、視野を広げなければならないらしい。ついてきな』
それから僕は、彼女について行って、いろんな人の死の瞬間を見た。
たくさんの人に慕われていて、夢も目標もあったのに、交通事故で死んでしまった男子大学生。
病気がちで、外で遊ぶことに憧れを抱き続けるも叶わず、病死してしまった少女。
与えられた時間を最後まで生きて、幸せそうに死んでいったおじいさん。
ほかにもたくさん、いろいろな死を見た。
それでも僕は、”生きる”という選択肢を選べなかった。
生きることに意味があるとは思えなかった。
どうせ死ぬのなら、死ぬ勇気を持った今、死なせてほしかった。
もう、誰の死も見たくない。
そう思い始めたころだった。
彼女が誘導したところに、宮本が立っていた。
信じられなかった。
宮本が死んだことはもちろんのこと、彼女に自殺者と言われたことが、一番信じられなかった。
だけど、その理由は宮本と話してみて、なんとなくわかった。
宮本は、僕の後を追ったのかもしれない。
少なからず、僕が自殺未遂をしたことは、噂程度に広まっていたはずだ。
その話題が出てこなかったのは気になるけれど、もしそれを知ってその選択をしてしまったのだとしたら。
僕は、なんて愚かなことをしてしまったのだろう。
「少年。死ななければよかったと思っているだろう?」
彼女はにやりと笑って言う。
見透かされたことが面白くなくて、僕は答えない。
「生きる意味なんてないんだよ、少年。でも、それでも生きなければならないから、誰もが生きる意味を無理矢理見つけて、前を向いている」
そんな綺麗ごとは聞いていられなくて、聞こえないふりをする。
「宮本薫にとっては、少年が生きる意味だったのかもしれないな」
それを認めてしまうと、僕が宮本の命を奪ったと認めてしまうような気がして、否定したくなる。
だけど、心のどこかで僕もそう思っているから、声が出ない。
「少年、自分のことは嫌いかい?」
彼女は蝶に姿を変え、僕の周りを飛ぶ。
月明かりに照らされて、その舞を美しいと感じた。
「……そうですね。僕は、僕という存在が嫌いだ」
「でも、宮本薫は成海千翔が好きだと言った」
「それが理解できないんですよ。こんな八方美人の僕の、どこがいいんでしょう」
陰で言われているのを何度も聞いた。
軽く殴られただけの痛みは、次第に鋭利なナイフで刺されるような痛みに変わった。
そして、僕は耐えられなくなったのだ。
「それは宮本薫しか知らない。だが、少年は知ることができるはずだ。少年が少年の人生を歩めば、きっと」
それを見つけられていたら、こんなことにはなっていない。
そう返したかったけれど、堂々巡りになるような気がした。
『今日会えて、すごく嬉しかった』
宮本の幸せそうな笑顔が、頭から離れない。
宮本が見つけていた、僕のいいところ。
僕は、それを知るべきだ。
そして願わくば、宮本が好きだと言ってくれた僕を、好きになりたい。
『千翔君、好きだよ』
きっとこの言葉は、僕の心の支えになってくれる。
「……僕、生きます。生きて、自信を持って、宮本に言わないと。好きになってくれてありがとうって」
蝶は楽しそうに舞う。
「それでいい、少年」
満足そうな彼女の声を聞きながら、僕は静かに目を閉じた。
◆
目を開けると、僕は病院にいた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。
「千翔……?」
聞こえた声は親のものではなく、友人のものだった。
目が合うと、友人は泣き出した。
「お前、心配させやがって」
本当に、僕は視野が狭まっていたらしい。
こんなにも僕のことを心配してくれる人がいることすら、見えていなかった。
「ごめん。もうしない」
「当たり前だ、バカ」
窓の外で、黒い蝶が舞っているのが見える。
大丈夫。
もうしばらくは会わないよ、蝶。
ありがとう。
「バイバイ、千翔君」
宮本は涙を浮かべながら笑い、そのまま蝶に導かれながら、消えていった。
夜の帳が完全に下りて、僕一人になる。
知らなかった。
僕のことを、あんなにも必要としてくれていた人がいたなんて。
僕は、なんて愚かなんだろう。
「答えは見つかったかい、少年」
宮本の周りを飛んでいた蝶が、人の姿になる。
僕と同じくらいか、少し年上くらいの女性だ。
初めは彼女に少年と呼ばれることに違和感を抱いていたが、慣れてしまった今では、そんなことどうでもよかった。
「……わかりません」
僕は、生きることに疲れてしまっていた。
たくさんの人と関わりたくて、いろいろなことをしてきたことが裏目に出て、いつの間にか僕の周りには敵が増えていた。
気付かないうちに、僕は嫌われたらしかった。
それでも人と関わることをやめられなくて、信頼を取り戻そうとしていたけれど、僕は信頼なんてものは築けていなかったらしかった。
それに気付いてから、すべてがどうでもよくなった。
馬鹿らしくなった。
そして、人と関わることをやめてしまうと、生きる意味すら失ってしまったような気がして、僕は生きることをやめるという選択肢をとった。
しかし上手くいかなかったようで、生きているのか死んでいるのかわからない、曖昧な存在になってしまった。
彼女と会ったのも、そんなときだった。
『少年はまだ死ねない。だが、少年自身が生きたいと思わなければ、身体には戻れない』
なかなか残酷なことを言う人だと思った。
生きたくないからこんなことになっているのに、死なせてもくれないなんて。
『だったら、僕はずっとこのままってことですね』
彼女はため息をつくばかりで、教えてくれなかった。
『少年はもっと、視野を広げなければならないらしい。ついてきな』
それから僕は、彼女について行って、いろんな人の死の瞬間を見た。
たくさんの人に慕われていて、夢も目標もあったのに、交通事故で死んでしまった男子大学生。
病気がちで、外で遊ぶことに憧れを抱き続けるも叶わず、病死してしまった少女。
与えられた時間を最後まで生きて、幸せそうに死んでいったおじいさん。
ほかにもたくさん、いろいろな死を見た。
それでも僕は、”生きる”という選択肢を選べなかった。
生きることに意味があるとは思えなかった。
どうせ死ぬのなら、死ぬ勇気を持った今、死なせてほしかった。
もう、誰の死も見たくない。
そう思い始めたころだった。
彼女が誘導したところに、宮本が立っていた。
信じられなかった。
宮本が死んだことはもちろんのこと、彼女に自殺者と言われたことが、一番信じられなかった。
だけど、その理由は宮本と話してみて、なんとなくわかった。
宮本は、僕の後を追ったのかもしれない。
少なからず、僕が自殺未遂をしたことは、噂程度に広まっていたはずだ。
その話題が出てこなかったのは気になるけれど、もしそれを知ってその選択をしてしまったのだとしたら。
僕は、なんて愚かなことをしてしまったのだろう。
「少年。死ななければよかったと思っているだろう?」
彼女はにやりと笑って言う。
見透かされたことが面白くなくて、僕は答えない。
「生きる意味なんてないんだよ、少年。でも、それでも生きなければならないから、誰もが生きる意味を無理矢理見つけて、前を向いている」
そんな綺麗ごとは聞いていられなくて、聞こえないふりをする。
「宮本薫にとっては、少年が生きる意味だったのかもしれないな」
それを認めてしまうと、僕が宮本の命を奪ったと認めてしまうような気がして、否定したくなる。
だけど、心のどこかで僕もそう思っているから、声が出ない。
「少年、自分のことは嫌いかい?」
彼女は蝶に姿を変え、僕の周りを飛ぶ。
月明かりに照らされて、その舞を美しいと感じた。
「……そうですね。僕は、僕という存在が嫌いだ」
「でも、宮本薫は成海千翔が好きだと言った」
「それが理解できないんですよ。こんな八方美人の僕の、どこがいいんでしょう」
陰で言われているのを何度も聞いた。
軽く殴られただけの痛みは、次第に鋭利なナイフで刺されるような痛みに変わった。
そして、僕は耐えられなくなったのだ。
「それは宮本薫しか知らない。だが、少年は知ることができるはずだ。少年が少年の人生を歩めば、きっと」
それを見つけられていたら、こんなことにはなっていない。
そう返したかったけれど、堂々巡りになるような気がした。
『今日会えて、すごく嬉しかった』
宮本の幸せそうな笑顔が、頭から離れない。
宮本が見つけていた、僕のいいところ。
僕は、それを知るべきだ。
そして願わくば、宮本が好きだと言ってくれた僕を、好きになりたい。
『千翔君、好きだよ』
きっとこの言葉は、僕の心の支えになってくれる。
「……僕、生きます。生きて、自信を持って、宮本に言わないと。好きになってくれてありがとうって」
蝶は楽しそうに舞う。
「それでいい、少年」
満足そうな彼女の声を聞きながら、僕は静かに目を閉じた。
◆
目を開けると、僕は病院にいた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。
「千翔……?」
聞こえた声は親のものではなく、友人のものだった。
目が合うと、友人は泣き出した。
「お前、心配させやがって」
本当に、僕は視野が狭まっていたらしい。
こんなにも僕のことを心配してくれる人がいることすら、見えていなかった。
「ごめん。もうしない」
「当たり前だ、バカ」
窓の外で、黒い蝶が舞っているのが見える。
大丈夫。
もうしばらくは会わないよ、蝶。
ありがとう。