私は、ずっとあの人を探している。

 突如姿を消した、私の好きな人。

 彼を探すために、いつの間にか学校にも行かなくなった。

 毎日、毎日、彼がどこにいるのかもわからないまま、街を歩いた。

 探し始めて何日経っただろう。

 見つからないかもしれない。

 いや、きっと見つけてみせる。

 そんな葛藤が何度も繰り返されて、最近は諦めが強くなってきていた。

 それでも彼の姿を見たくて、彼の声が聴きたくて、私は足を進めていく。

 少し疲れたときは、街を一望できる広場に移動して、休憩する。

 彼と会った街を見渡していると、少しずつ焦りとか不安とか、そういった負の感情が浄化されていく気がした。

「会いたいよ、成海(なるみ)君」

 橙色に照らされる街を見ていると感傷的になってしまい、そんな願いを呟くと、一羽の黒い蝶が私の周りをひらひらと舞った。

 何かに操られているかと勘違いしてしまうほどの動きに、目が離せない。

「宮本?」

 そのとき、ずっと探し求めていた声が後ろから聞こえてきた。

 振り向いたのが先だったのか、走り出したのが先だったのかはわからない。

 でも、その声の主を確かめないで走り出したのは、間違いなかった。

 走りながらそこに立っているのが探していた人だと認識すると、そのままの勢いで彼、成海君に抱き着いた。

「やっと見つけた……」

 成海君は驚いているのか、反応がない。

 まあ、無理もない。

 私たちは、こんなことをする関係にはないのだから。

 名残惜しかったけど、これ以上成海君を困らせたくなくて、成海君から離れる。

「急にごめんね、ずっと会いたかったから、つい」
「いや、それは別に……」

 相変わらず成海君は優しい。

 成海君はよく、八方美人だなんて言われていたけれど、誰とでも仲良くしたいと思ってたくさんの人に優しい彼が、そんな言われ方をするのは間違っているとしか思えない。

 彼の優しさは、否定されるものではない。

 でも、陰口というものは本人を容赦なく傷つける。

 優しさの塊である成海君は、その悪意に耐えられなくて、学校から姿を消したのかもしれない。

「私、ずっと成海君のこと、探していたんだよ」
「宮本が? どうして?」
「だって私……」

 とても単純な理由。

 それは、簡単には口から出てくれなかった。

 頭の中にはその単語があるのに。

「……成海君の友達だもの」

 うまく笑えているだろうか。

 笑顔は歪んでいないだろうか。

 もし歪んでいたとしても、気付かないでほしい。

「……そっか」

 お互いに言葉を模索しながら、変な間を作って会話をしていく。

 たくさん話したいのに、変なことを言うのが怖くて、でもこのゆっくりと流れていく時間も悪くないと、いろんな感情が混ざる。

 成海君はさっきまで私がしていたように、街を眺めに広場の端に立つ。

 私も戻り、街を見る。

 茜色の時間は短く、もう影が落ち始めている。

「成海君、今までどこにいたの?」
「どこ、かな。自分を見つけらる場所?」
「そんな、自分探しの旅みたいなことをしていたの?」

 冗談めかすように言うと、成海君は小さく笑って、「そんなところかな」と言った。

 いつも向かい合って話すから、横顔の笑顔は新鮮だった。

 でも、いつもとは少し違う。

 元気がないような感じ。

 心配に思ったのに、それが言えない。

 言ったところで、私に話してくれるとは思えなかった。

 そして、このままだと、成海君はまた私の前から姿を消してしまうだろう。

 もう、あの無の時間は過ごしたくない。

 もっと成海君と一緒にいるには、どうすればいいのだろう。

「……その旅、私も一緒に行くのは、ダメ?」

 答えのわかりきったことを聞くのは、こんなにも苦しいものなのか。

 言わなければよかった。

 後悔したけれど、言わなかったら言わなかったで後悔していたと思うと、複雑なものだ。

「……うん。ごめんね」

 予想していたからか、そこまで心は痛くなかった。

 それ以上に、成海君を困らせたことに対して、心が痛んだ。

 でも、これでこれから先、しばらく成海君に会えないことが確定した。

 だとしたら、成海君を困らせるとしても、私のやりたいことを全部、やらせてもらおう。

 会えなくなると、どれだけ願ってもできなくなることを知ったから。

 もう、後悔はしたくない。

「……千翔(ちか)君」
「なに? って、え?」

 こんなにもわかりやすく驚いてくれると、少しだけ笑ってしまう。

 ようやく彼の前で自然に笑うことができて、勝手に安心する。

「ずっと、下の名前で呼びたいって思ってたの」

 成海君は照れて、反応に困っているようだ。

 この困らせ方は、少し楽しいかもしれない。

「千翔君」

 表情を見たくて、覗き込むようにしながら呼んでみる。

 やっぱり、目は合わせてくれない。

 暗くなり始めていて、確実ではないけれど、耳が赤くなっている。

 この楽しさの勢いで言えそうな気がする。

「……千翔君、好きだよ」

 勇気を振り絞っても、声は震えて小さかった。

 成海君は振り返って、見るからに動揺している。

 だけど、言った直後だから、私は成海君の顔を直視できなかった。

「……成海君が姿を消してから自覚したの。私、あの友達のようで、友達より少し近い関係性がずっと続くと思っていたみたいで。でも、成海君に会えなくなって、こう……何かが欠けたような感じがして、苦しくて……もっと成海君と一緒にいたかったって思って、気付いた。私、成海君のことが好きなんだって。成海君のことが好きだから会いたかったし、声が聴きたかった」

 そこまで一気に言って、成海君の戸惑いの顔を見る。

 ずっと言いたかったことが言えて、私はすっきりしているけれど、成海君を見ていると、申しわけなさが勝つ。

「困らせてごめんね。でも、今日会えて、すごく嬉しかった」

 そのとき、成海君に会う瞬間に見た、黒い蝶が舞った。

 まるで、幻の時間の終わりを告げるようだ。

「バイバイ、千翔君」