「僕、当時喉に腫瘍があって、発声ができなかったんです」

 「喉に腫瘍が……」

 「でも声が出せなくても、人に気持ちを伝える方法はあるって長尾さんが教えてくれたんです」

 「長尾さんが?」

あまりの瞬間的な情報量に困惑する。

 「でも長尾さん、かいくんのこと知らないって……」

 「お姉さんには僕のこと内緒にしててもらってたんです」

数年越しに知らされる真実に必死に追いついていく。

 「お姉さん僕が花を届けた最初の日の前日のこと覚えてませんか?」

少年が初めて花を届けた日の前日の夜、誰もいない廊下で長尾さんと話をしていた。
そこで言われたことは今でもはっきり覚えている。
『私の疾患が完治することは、ほぼない』
当時受けていた投薬治療の苦痛もあり、その言葉がうまく飲み込めなかった。苦痛に耐えた先に望んでいる結末がないのなら、今を頑張る理由はどこにあるのだろうかと絶望した。
その時初めて、人の前で泣いた。
酷い嗚咽を交えながら、私の泣き声は廊下中に響いた。きっとその時のことは生涯忘れることはない。

 「覚えてるよ、たぶんあの夜のことはずっと忘れられないと思う」

 「僕もです」

予想外の言葉に、うまく反応できなかった。

 「お姉さんがあんなに苦しそうに泣いている姿、忘れられないと思います」

 「知ってたの……?」

 「僕も同じ状況だったので」

 「……かいくんも?」

 「僕も『腫瘍を摘出しても発生はほぼ不可能』と言われていたんです」

ふたりの絶望が重なった瞬間だった。きっと初めての共通点だった。

 「その時かいくんはどうしてたの?」

 「僕は声が出ないので、矛先もわからない怒りを何かにぶつけながら両親が泣いていました」

 「それは苦しかったね」

 「そうですね。でもその時長尾さんが何も言わずに『花』をくれたんです」

 「花……?」

 「リュウキンカです。花言葉覚えててくれていますか?」

 「覚えてるよ『必ずくる幸せ』だよね」

 「そうです。添えられたメッセージカードには、こう記されていました」


 『声が出せなくても気持ちは伝えられるの。もしこの花で貴方の心が動いたのなら、次は貴方が誰かの花になりなさい』


長尾さんの字に全てが込められている気がした。
青年の話にはもうひとつの理由があった。私に花を届けた理由、それは
『同じ絶望を感じたから』
何度起きても声が出せない変わらない絶望。ただ、長尾さんからもらった花は毎日変化する。水の量が少なければ素直に萎れ、よく日に当たった時には元気を取り戻す。
そんな花を見ている中で自分の気持ちにも揺れ動くものがあったらしい。『誰かに変化を与える存在』それが彼にとっての『花だった』そうだ。

 「僕はお姉さんの泣き声を聞いた時、『この人の花になろう』って決めたんです」

離れ離れの点が、話すたびに形を成していく。全てのピースが綺麗にはまっていく。溝が埋められていく。
突然姿を消したのは少年自身、大きな病院に転院するためだったそう。その際長尾さんに、『深瀬翠が退院したら知らせてくれ』と書き残していったそう。
どこまでも純粋な心の持ち主。それが今目の前にいる数年越しに出会う『君』だった。

 「僕はお姉さんの花になれましたかね?」

 「私の日常に彩をつけたのは間違いなく、かいくんだよ」

出会えてよかった。だから御礼として最後にひとつだけ。

 「あの時の答えを聴いてほしいの」

 「お姉さんがつけてくれた花言葉、僕も聴きたいな」

 「かいくんがつけた花言葉も聴きたい」

 「じゃあせーので言いましょうか」

青いスイートピー。その花言葉は

 『貴方とみつける世界』
 『静かに実る想い』