それから数日して手紙の真意が分かった。
その日から少年をみることはなく、朝に少年のマーチを聴くこともそれが最後だった。突然現れ、突然去っていく少年とまだまだ話したいことがたくさんあった。
私はまだ少年の声を聴けていない。
モノクロな日常に彩を芽生えさせた少年は、音無く現れ、そして音無く去っていった。
ー*ー*ー*ー*ー
少年と最後に想いを交わしてから、十回目の春がきた。
あの日から私の日常には、少年に話したいことで溢れている。
そのひとつが同じ病室に入院していた光のこと。光は二年ほど前、私とは別の世界で生きることになった。また、いつの日かと同じ騒がしい朝が来て、『おかえり』を言う朝だけが来なかった。
『おかえり』を言える日を信じて、『ただいま』を聴ける日を願って、諦めずに待つこと。あの朝、少年から教えてもらったことを最期の最後まで守り抜くことができた。
きっと光の最期を笑顔で見送れたのは、少年のおかげだと思う。
そして長尾さんが去年、定年を迎えて退職した。その時の花束に
『カンパニュラ』
という花を選んだ。花言葉は
『感謝』『想いを告げる』
花に興味すら持たなかった私に少年から贈られた喜びで、大切な人の笑顔を見られた。
そして今日、私は生まれてからずっと時間を共にしたこの病院を去る。またいつ戻ってくるかわからないけれど当分は憧れていた『普通』の生活ができる予定だ。
感傷に浸りながら自動ドアを抜ける。目を閉じて外の空気を呑む。
「お姉さんの望む未来になった……?」
目を開けると、どこか見覚えのある青年が立っていた。
そのセリフと笑った時のエクボで瞬時に誰か分かった。
「あの時の……」
「覚えててくれたんだ。じゃあこの花のことも覚えてくれてる?」
青年が後ろで組んだ手を解いて出てきたのは
『青いスイートピー』
あの時、少年がくれた最後の花を、目の前の青年が持っている。
「もちろん、ずっとずっと忘れることなんてないよ」
「じゃああの時の問いも考えていてくれましたか?」
「今もまだ答えを探してるよ」
よくみると顔は当時のままのような気がした。すこし細い目と、赤ちゃんのような頬。話す時に移り変わる表情のひとつひとつが当時のままだった。
ただひとつ圧倒的に違うところがある。
『声を発している』
当時は何があっても頑なにメモ紙を使っていたが、今はなんの違和感もなく話している。
「日陰のベンチですこしお話しませんか?」
青年のスマートなエスコートと気遣いに、当時からの更なる成長を感じる。
「お姉さんとまた会えるなんて……」
いろいろな疑問が頭の中で騒がしく動く私に青年の目線が向く。
「お姉さん今こう思ってるでしょ?」
「え……?」
「なんで僕が喋ってるの?って思っているんじゃないですか?」
「それは確かに疑問に思ったよ」
「その話も含めてすこし昔の話をしましょうか」
青年との話は数年前に遡った。
その日から少年をみることはなく、朝に少年のマーチを聴くこともそれが最後だった。突然現れ、突然去っていく少年とまだまだ話したいことがたくさんあった。
私はまだ少年の声を聴けていない。
モノクロな日常に彩を芽生えさせた少年は、音無く現れ、そして音無く去っていった。
ー*ー*ー*ー*ー
少年と最後に想いを交わしてから、十回目の春がきた。
あの日から私の日常には、少年に話したいことで溢れている。
そのひとつが同じ病室に入院していた光のこと。光は二年ほど前、私とは別の世界で生きることになった。また、いつの日かと同じ騒がしい朝が来て、『おかえり』を言う朝だけが来なかった。
『おかえり』を言える日を信じて、『ただいま』を聴ける日を願って、諦めずに待つこと。あの朝、少年から教えてもらったことを最期の最後まで守り抜くことができた。
きっと光の最期を笑顔で見送れたのは、少年のおかげだと思う。
そして長尾さんが去年、定年を迎えて退職した。その時の花束に
『カンパニュラ』
という花を選んだ。花言葉は
『感謝』『想いを告げる』
花に興味すら持たなかった私に少年から贈られた喜びで、大切な人の笑顔を見られた。
そして今日、私は生まれてからずっと時間を共にしたこの病院を去る。またいつ戻ってくるかわからないけれど当分は憧れていた『普通』の生活ができる予定だ。
感傷に浸りながら自動ドアを抜ける。目を閉じて外の空気を呑む。
「お姉さんの望む未来になった……?」
目を開けると、どこか見覚えのある青年が立っていた。
そのセリフと笑った時のエクボで瞬時に誰か分かった。
「あの時の……」
「覚えててくれたんだ。じゃあこの花のことも覚えてくれてる?」
青年が後ろで組んだ手を解いて出てきたのは
『青いスイートピー』
あの時、少年がくれた最後の花を、目の前の青年が持っている。
「もちろん、ずっとずっと忘れることなんてないよ」
「じゃああの時の問いも考えていてくれましたか?」
「今もまだ答えを探してるよ」
よくみると顔は当時のままのような気がした。すこし細い目と、赤ちゃんのような頬。話す時に移り変わる表情のひとつひとつが当時のままだった。
ただひとつ圧倒的に違うところがある。
『声を発している』
当時は何があっても頑なにメモ紙を使っていたが、今はなんの違和感もなく話している。
「日陰のベンチですこしお話しませんか?」
青年のスマートなエスコートと気遣いに、当時からの更なる成長を感じる。
「お姉さんとまた会えるなんて……」
いろいろな疑問が頭の中で騒がしく動く私に青年の目線が向く。
「お姉さん今こう思ってるでしょ?」
「え……?」
「なんで僕が喋ってるの?って思っているんじゃないですか?」
「それは確かに疑問に思ったよ」
「その話も含めてすこし昔の話をしましょうか」
青年との話は数年前に遡った。