やがて、笹音という名前は風化するだろう。意地を張るように自分のことを「ササネ」と呼んでいた笹音も、宇奈月城陥落から半年を過ぎると、「わたくし」と呼ぶようになった。まるで、笹音という名を忘れろとでも言うように。

 短くされた髪の毛も、何事もなかったかのようにするりと伸び、女たちが羨むほどの美しさを称えるようになっている。
 男は、それでも未だ、笹音を自分のモノにしない。
 稚児趣味があるのだ、と飯炊き女は言っていたが、男が自分の部屋に笹音以外の人間を呼び寄せることはなかったし、笹音が居着くようになってからは、女遊びもしていない。
 彼は一体何者なんだろう? どうして自分を傍に置いておくのだろう?

 少しだけ、興味を持ち始める。


   * * *


 快楽に溺れたら、少しは楽になれたのかもしれない。
 そのような不埒なことを、笹音が考えるようになったのは、紅葉散りだす晩秋。
 男の傍に居続けることは、笹音にとっての慣習に変わる。