男は優しかった。それが笹音の癪に障る。
男は笹音を弄ばなかった。ただ、傍に置いて過去語りをさせるだけ。
なぜ、彼は笹音を求めないのか。笹音は自分に何か問題があるのかと不安になる。そのような状態になることを望んでいるわけでもないのに。
宇奈月の城が陥落して、三月。
笹音は相変わらず、男の傍に置かれて、のんびりとした日々を過ごしていた。滅ぼされた足南の国は別の言いづらい地名に名を変えた。故郷が名前を変えるのを黙って見ていた笹音を、誰が言い出したのかは知らないが、宇奈月姫と呼ぶようになったのはこの頃からだ。
「宇奈月の姫……と」
「気に食わないか?」
そういえば男は笹音の名を呼ばない。笹音も男の名を呼ばないからお互い様なのだろうが、男が自分の名を呼ぶ姿を笹音は想像できないので。
「そのようなことに対して、ササネが文句を言う筋合いはございませぬ」
「なら、問題もないな。宇奈月」
それを肯定ととったのか、男はその日から、笹音のことを宇奈月と呼ぶようになる。
そのせいか、屋敷中の人間が、笹音のことを宇奈月姫と呼ぶようになる。笹音はそれを否定することもせず、自分の呼び名だとありがたく受け入れる。