ぽつり、呟く。

「ずっと、そうだったらいいなと、思っておりました」

 その言葉に満足したのか、薙白はぽん、と笹音の頭を撫でる。

「約束だぞ、笹音」

 そして、薙白は、旅立ってゆく。


   * * *


「悲しんでなどおらぬ!」

 唇を強く噛み締めて、流れた生暖かい血。朱色の雫を舌で転がし、言い聞かせる。自分自身に。

「ササネは、悲しんでなど、おらぬ!」

 目の前で母親を殺された。男に、長い髪を切られた。敵方の、女になった。

「泣き崩れて、腐っておるとでも思ったのかえ?」

 痛々しい笑み。嘆きを通り越した歪んだ笑み。それを強がりだと、男に理解されたのだろう、きつく、抱き寄せられる。
 敵方の男に。

「……脆い」
「な」

 笹音を一瞥し、ざんばらの髪を撫ぜながら、男は呟く。脆い、と。
 笹音を慈しむように、傍に置いている男の名を、彼女は知らない。彼が名乗ったその場に彼女はいたはずなのに、知る必要がないと理解したからか、真っ先に忘れた。
 彼は大名家の後継ぎ息子。長子ということもあって我儘放題の道楽息子なのだろう。笹音が知っていることはそれだけ。