過去語りをさせた理由。男の気まぐれだと思った。違った。彼は薙白の知らない笹音を知りたかったから、過去を遡らせたんだ、笹音を演じていた明月に。
 人質となって近淡海の国に渉った彼が、加賀出の長子だったことを、笹音はきっと、知っていたのだろう。当時から足南と加賀出は仲が悪かったから……

「もしかして」

 笹音が死んだことを知って、薙白は足南を攻めることにしたのか?
 わからない。考えれば考えるほどに、混乱する。わたくしは笹音じゃないから、明月だから、二人のことがわからない。結局のところ偽者の傍観者でしかない……けど。

 馬が嘶く。
 明月は、馬から飛び下りて、声をあげる。振り向いた男に向けて。

「あんたが、薙白丸だったの?」

 男は瞠目する。そして。

「いかにも。俺の幼名は薙白丸だ。今頃わかったのか、宇奈月……いや」

 悪戯っぽく、瞳を細めながら、名を呼ぶ。


「明月よ」


 ここ数年、呼ばれることのなかった、真実の名を。