新しく住むことになった家。父というよりも兄のような保護者の自宅がナナの自宅になる。正確には母が入籍する前に亡くなっているので、戸籍上は赤の他人だが、面倒をみてもらう。成り行きだが、仕方がない。正直心の中はずっと雨が降っていた。出口が見えないトンネルのなかで、さまよい続けていた。これからどうなっていくのかもわからないし、唯一の肉親を亡くした悲しみは他人には計りしれない。だから、わかってもらおうなんて思ってもいない。

 金髪漫画家の家は、若いのにやたら豪華でナナは正直驚いた。売れっ子漫画家だから、お金持ちというのは歳不相応だが、ありなのだろう。見た目は金髪のいいかげんな雰囲気なのだが、実は結構まじめらしい。というのは、母の葬式に来ていた編集者から聞いた話だ。原稿は落とさずきっちり締め切りを守る。言葉遣いは良いほうではないが、礼儀正しく待ち合わせなどの時間もきっちり守る人だということだ。実直で一途で熱心な仕事ぶりだということを聞いた。

 人は見かけだけではわからない。正直、母がこんな人のどこがよかったのかわからなかったが、性格や仕事ぶりを聞いていると評判がいいので、きっと中身がよかったのだろうと勝手に思った。

 亡くなったナナの父は、チャラチャラした感じではなかったし、母が好きな芸能人は真面目そうな人しか名前は聞いたことがない。あまり外見で人を選ぶ人だとは思えなかったので、正直この人のどこがいいのかと最初は魂を抜かれそうになった。もしかしたら、ナナの将来を考えてお金がある人と結婚しておこうという計算だったとも思いにくいものだった。というのも、ナナの母は計算高いとは正反対の天然だったからだ。楽をしようとも思っている人じゃなかったし、いつも仕事に対しても、家事や育児に対しても手を抜いたりということは一切していなかった。

「今日はアシスタントたち半妖仲間も呼んで盛大にカレーパーティーをするぞ」

「え? カレー?」

 たしかにさきほどからカレーの香りが香ばしく広がっていた。

「歓迎会はうちではカレーっていう伝統があるんだ。新しいアシスタントや従業員が入ったら特製カレーでお迎えする」

「先生のカレーは本当においしいから、楽しみにしていてね」

 エプロンをつけて手伝っている女性はアシスタントだろうか。自称ボスを名乗るエイトという男と共に台所でカレーを作っている。女性は20歳くらいのおとなしい感じの女性だった。なんとなく、漫画を描くのが好き、という雰囲気でインドアというイメージがある。髪は一つに束ねていて、派手さはないが華奢な体でかわいらしい人だった。

「私、アシスタントの愛沢です。聞いていると思うけれど私もチーム半妖の一員なの。人づてにここのバイトを紹介してもらって楽しく暮らしています」

 おとなしそうな女性は会釈した。正直どこが半妖なのかもわからなかった。見た目は普通の人間そのものだったからだ。いや普通以下の弱そうな女性だった。

「鈴宮ナナです」

「色々あって大変だと思うけれど、力になるから」

 愛沢は優しい人みたいだった。

「実は、このカレーにはこだわりがあってな」

 エイト先生が語りだす。

「先生のこだわりは、語り始めると長くなるから」

 そう言ってやってきたのは、20代の細身で真面目そうなメガネ男性だった。

「僕は鬼山です。僕もチーム半妖。よろしく」

 日焼けしていない少し不思議で不気味なもやしっ子だ。やっぱり漫画を描く仕事というのは、インドア派の集まりなのだろうか?

「せんせぇ、おいしそーな匂いするじゃん」

 漫画家には珍しいギャル系女子がやってきた。

「もしかして、この子が先生の娘になるっていう子じゃね?」

「鈴宮ナナです」

「サイコだよ。主に定食屋担当。たまに人手足りなければアシもやったりしてまーす。ちなみに魔女と人間のハーフだよ」

 金髪ギャルアシスタントと金髪ギャル男。この組み合わせ、似合っているような気がする。半妖でも色々いるんだな。魔女かぁ。

「居酒屋で占いすると激当たりだから、結構ウチの占い人気あるんだよ」

 この金髪漫画家先生はお母さんと結婚する予定だったのかなぁ。なんだかお母さんと金髪漫画家がお似合いの夫婦になるとは想像もつかなかった。だって、歳もお母さんのほうがずっと上だし、お母さんはいつもパリッとした感じの服装だった。パリッとというのは、スーツをいつも着ていて、派手な格好は私服でもしないという清楚なイメージだ。それにひきかえ、この男は、ジーパンにTシャツをさりげなく着こなしているカジュアル系だ。まず服装の系統が違う。

 漫画家の男は、背が高くてスリムな体型なせいか、なぜかかっこよく見える。実際の顔面偏差値は割と高いのかもしれない。自分の保護者の顔面偏差値をどうこう言うのも娘としていかがなものかと思うが。

「僕はアシスタントの樹《いつき》っていいます。居酒屋でリーダーやってます。僕は植物の精との混血なんだ」

「いつきさん……」

 この人はわりとドラマに出て来るヒロインの相手役にいそうな感じだった。どこにでもいそうだけど、なかなかいない男性っていう感じだ。優しい男性という感じがする。半妖とは、人は見かけによらない。

 こんなに個性的なアシスタントを束ねている金髪先生は実はすごい人なのだろうか? なにやらチーム半妖のボスはうんちくを語り始めた。

「カレーライスの最後にだな。コーヒーと牛乳を入れるのが隠し味ってやつだ。コーヒーは香ばしさを感じるし、牛乳を入れるとコクが違うんだよな。作る過程でリンゴやバナナも入れているから、コクは保証するぞ」

 そういいながら、インスタントコーヒーの粉と牛乳を最後の一工夫として入れていた。金髪先生は手慣れているようだ。料理は、わりとやっているという感じだろうか。と思ったのだが、この男は家事料理全部に詳しい家事男子だということをのちに知る。そして、彼がなぜそんなに家事に詳しい人間になったのかという経緯ものちに知ることになる。この時は、毎日を面白おかしく生きている漫画家。そんな風にしか見えていなかった。人は表だけでは見えない部分がある。裏の部分を見せないように生きていたりもする。でも、見えない部分によさがあるかもしれない。人は見た目じゃわからないということだ。

 家事男子は省略すると「カジダン」というらしい。

「仕上げにラッシーを作るぞ」

 そう言うと、ヨーグルトに牛乳を混ぜて、かき混ぜて出来上ががった。氷も入れるとグラスの中で、氷がおどる。

「即席ラッシー、一丁あがり」

 そう言うと金髪先生はブイサインをして、満足げだ。大人なのに、子どもじみた漫画家先生の行動はどこかおかしくも感じた。なんでもできる男なのだが、子どもっぽい。アンバランスな感じがこの人の味わいなのかもしれない。最近、人を観察する癖ができた。そして、人柄を味として感じることが多い。それは性格だったり外見ににじみでるものだったり、人には食べ物同様味があるのだ。

「あと、焦げた鍋は天日に干すと簡単に焦げが取れるから、洗った後干しておけよな」

 フライパンの後処理に関しても的確な指示をする。きっと、死体の後処理なんかも明確な指示をするのではないだろうかと裏家業のことが脳裏をよぎる。半妖のリーダー的素質を感じる、金髪先生だった。

「先生、この黒いおたま、カレーの色で変色しています。洗っても落ちません」
 困った様子の樹。緑色のおたまを見つめていた。

「黒いおたまは変色することがあるんだ。そういうときは日光に当てておくと自然と色が戻るから」
 漫画家というよりも家事先生になれそうな手慣れた感じだ。

「なんか、家事や料理の雑学に詳しいよね」
 金髪先生に話しかけてみる。

「おう、家事は小さい時から色々やってるからな。結構詳しいんだ」
 この言葉の影に隠れた意味。実は、金髪先生も結構大変な人生を歩んできたということをナナはまだ、知るよしはない。