「弘徽殿の女御さまだけ、夢をご覧になっていたのはおかしいと思うんです」

夢を見ていない振りまでして。

清涼殿に呼ばれた千早が伊織の求めに応じて自らの見立てを述べると、伊織はそうだなあ、と視線を斜め上に上げた。

「弘徽殿の女御さまをこっそり調べるわけにはいかないのですか?」

伊織の役に立ちたい、という思いが、千早の口を動かす。すると伊織はこう言った。

「そうなると、俺の懐に裏切者が居るということになるのだが」

女御たちを『懐』と表現した伊織に、ハッとして恐縮した。

「す、すみません! 出過ぎたことを申しました」

「いや、実は調べさせているのだが、まだ何も釣果がない状態だ」

「そ、そうでしたか……」

千早の浅はかな考えなど、何の役にも立たない。しょんぼりしていると伊織が、お前、もうひと頑張りしてくれないか、と話を持ちかけてきた。

「未だ夢を見ることが出来ない俺の中に潜って、何かおかしなところがないか、もう一度確認して欲しいのだ。先だって出来たことは女御たちの夢を接ぐことだけだろう? それでは夢の修復は出来ても、俺の夢が接ぐどころではないという問題の解決には至らない。夢が破られる原因に繋がる手がかりを探してきてほしいのだ」

帝の依頼に否やを唱える筈もない。千早は大きく頷いて、早速その夜眠る伊織の無意識下に入った。やはりそこは以前と同じような真っ暗な空間で、千早は浮いた体を地面に降ろした。

地面にはやはり細かく砕かれた夢の残骸が散らばっている。本当に誰がこんなことを……、と思っていると、背後に気配を感じた。はっと振り返ると、サッと影が頭上を横切った。

(大きい……。なんだろう……、人間ではなさそうだ……)

影は真っ暗な暗闇の中で千早を窺っているようだった。夢と同様に食い散らかそうとしているのかもしれない。千早は懐から針を出して、身構えた。

「…………」

息をひそめて構えていると、ぐいんと影がその面積を伸ばして千早に襲い掛かった。

「……!」

千早は寸でのところで影に飲み込まれるのを避け、針を影に突きさした。ぶすっと影の端を地面に縫い付け、手早く地面と縫合すると、影はギュイイイと咆哮を上げてもがき暴れたのちに、バリっと千早が地面に縫い付けた一端だけを残して引きちぎり、千早の前から逃げて行った。

千早が地面と縫合した影の残骸は、毒々しく呪詛が籠っており、触れることも出来なかった。

「こんな恐ろしい呪詛を……」

誰が、何の目的で。

千早は報告をしに、伊織の中から出た。