「お前の手なみは、なかなかのものだな。夢の中の品まで当ててしまうし、そういえば最初に見てもらった麗景殿の女御は、お前に夢を接いでもらった翌日、早速陰陽師に夢の吉兆を占わせていた。たとえその結果が凶でも、占うことが出来ることの喜びを味わっていたな」
「それがしが主上と女御さまたちのご懸念を取り除けたのでしたら、この上ない幸せにございます」
紫宸殿で、千早は帝と向き合っていた。
「しかし、あのような夢の断片は、見たことがございませんでした」
千早の言葉に帝が、というと? と興味深げに尋ねる。千早は女御たちの夢の状態を帝に説明した。
「普通、夢を見たのに忘れてしまっただけでしたら、忘れられた夢は時間の経過分は穴が開き、断片になりますが、それでも欠片を繋ぎ合わせれば、ほぼ一枚の巻物のように修復することが出来るものなのです。それが、弘徽殿の女御さまを除いた女御さまたちの夢は、細かくばらばらにちぎられていて、断片を接ぎ合わせても原型にはほど遠かった。あのような夢の断片は見たことがございません」
千早の言葉に、帝は、ほう、と、手を顎に当てて聞いていた。
「先ほどもお前は弘徽殿の女御の夢を立証した。お前の能力は間違いなく夢を見て、接ぐことなのだろうな」
その言葉で帝が、女御たちの夢を接いでもなお、千早の異能に疑問を持っていたことが分かった。
「はい……。夢は形として目に映せないもの。信じて頂けないのも、ご無理はございませんが……」
「いや。先程の弘徽殿での話でようやく信じる気になったぞ、千早。であれば、もう一つ、頼みたいことがある」
「は。何でございましょうか」
応えれば、やはり御簾の下から手招きをする。この帝は臣下でもない平民を、傍に寄せつけ過ぎではなかろうか。千早はやや躊躇ったが、初日のことを思い出して、膝行で御座に近寄る。御引直衣に焚き染められた香の良いかおりが鼻孔をくすぐると、その帝との距離の近さに、体にぶわっと熱がこもった。
「もっとこっちへ来い。耳打ちも出来ん」
「は、はい……」
恐縮しながら半身を御簾の下から潜らせて、帝の前に出る。帝は千早の上体の横に左手を付き、千早の耳に口を寄せると、小さな声で呟いた。
「今宵、俺の夢を見定めろ」
凰鱗帝の、夢を? もしかして、帝も夢を見れなくなったのだろうか。
「俺の未来視は夢で見る。その夢が、新年あけてから見ることが出来なくなった。俺はこの力(未来視)によって、荒廃したまつりごとを正すために、天に求められてこの地位に就いた。官人はよく働いてはくれるとは思うが、夢が見れぬのでは、悪事を正そうにも情報が足りなさすぎる」
ちなみに、この話は俺とおぬししか知らん。つまり、俺が未来視を見れないことが誰かに伝わったら、その時はおぬしが俺を裏切ったとみる。
しれっと脅しまで付けて、帝は含み笑いをした。つまり、出来るか、と千早に聞いているのだ。
「……分かりました。今夜、主上の夢を拝見させて頂きます」
千早のいらえに、帝は鷹揚に頷いた。